むつき 〜初恋〜
……今思えば、あの頃は『女の子の友達』だったのかも知れない。
けれど、何時から『彼女』になったのか？ と聞かれても、答えられない……俺達は、そんな関係だった。
十年前・初夏（健二 七歳）一四時零分
それは、俺に『一つ年下の妹』が出来て五年経ったある春の事だった。
その頃、既に俺の幼馴染の地位を確立し、家に入り浸っていた日和を妹の雪希に任せ、友達とサッカーをする約束の為、公園に行った日の事だ。
その日も何時も通り、昼過ぎに公園で集合と約束していた筈なのだが、その日に限って誰も来なかった。
俺が聞き間違えたのか、皆が忘れたのか、予定が急に変わったのか……今となっては確認する術も無いが、当時の俺は『来なければ来ないで仕方ないか』と割と淡白だったのを覚えている。
その時は、単に皆がまだ集まってないだけかと一人で持参のサッカーボールを蹴って時間潰しをしていた。
壁から反射したサッカーボールが公園外に出た時だった。
「きゃっ！」
２・３段上がった公園からサッカーボールが見え無くなった瞬間、そっちの方向から小さな悲鳴が上がり、誰かが尻餅を付いた様な音が聞こえた。
俺のサッカーボールが原因なら直ぐ謝らなきゃいけないと、公園を飛び出した。
すると……案の定、公園に隣接した歩道で女の子が一人、尻餅を付いている脇に、俺のサッカーボールが転がっている。
「御免、そのサッカーボール、俺がやったんだ。」
咄嗟に謝ると、未だ尻餅を付いたままの女の子に手を貸して、立たせてあげた。
外見上は怪我をしてない様だけど、取り敢えず聞いてみる。
「何処か、怪我して無い？」
女の子は転んだショックから、やっと立ち直ったのか、俺に向けて言葉を返した。
「うぅん、怪我はないと思います。私の方こそ御免なさい。私も、よそ見していたから……。」
幾らよそ見していても、直接の原因はやっぱりサッカーボールだろうけど、此処でもう一度謝っても会話が進まない。
俺は話題を変える事にした。
「でも、御免。……君、見ない顔だけど、この辺の子？」
「最近、隣町に引っ越してきたの。この辺りにある海岸で妹と待ち合わせをしてるんだけど、道に迷ってしまって……」
俺は公園を見回した。やっぱりサッカー仲間は一人もやって来ない。
これは、予定が変わった連絡が俺に来なかったんだと見切りを付けて、女の子に向き直った。
「じゃぁ、お詫びに海岸まで案内してあげるよ。」
「そんな……サッカーの途中だったんじゃないんですか？」
「いや、誰も来ないから、予定が変わったんじゃないかな……まぁ良いよ、俺も誰も来なくて退屈してたんだから。」
「じゃぁ、案内をお願い致します。」
「うん、俺は片瀬健二。君は？」
「進藤むつきです。」
「むつきちゃんか……じゃぁ、海はこっちだよ。」
俺はむつきちゃんの手を取って海へと向かった。
§§§
初めての町で不安な時、突然現れて見知らぬ私に優しくしてくれた。それは、私にとって初めての『家族以外で完全に頼れる人』そのものだった。
まだ、男女の『付き合い』が判る訳も無く、ただ、一緒に居る事で安心出来る男の子だった。
同年同日（むつき 七歳）一四時二〇分
「もぅ……さつきちゃんったら、海なんて何処に在るのよぉ……」
私は、見知らぬ町を一人、彷徨っていた。
つい二・三週間前、近くに引っ越してきたばかりなのに、電車で二駅も先に在るこの町……というか、駅の先にある海岸まで見付けて来るとは、私の妹ながら凄い行動力だと思うけど、勝手に家を出て、私の知らない場所で待ち合わせと云われても、迷わずに来れる訳が無い。行動派の自分が出来るからと云って他の人にも出来ると云う考えは間違っている事は、姉としてキチンと諭してあげなければいけないだろう。
兎に角、待ち合わせ場所になる海岸まで、辿り着かなければ話にならない。
大体、この辺りは何処なのだか既に判らなくなり掛けていて、このままでは駅に向かう道も詳しくは判らなくなっている。
不安は更に増してきて、このまま足を止めれば涙が出そうになる事は自分でも判っていた。そして近い将来、疲れで足が止まる事も既に予想が付いていた。
そんな時、丁度横を通り過ぎようとしていた公園の入口から何かが飛び出してきて、私に当たりそうになった。
咄嗟に除ける事は出来たが、尻餅を着いて仕舞った。
不意に足を止められた事で、予想していた涙は出なかったが、驚きが強くて一寸の間、尻餅を着いたまま固まって仕舞った。
「御免、そのサッカーボール、俺がやったんだ。」
サッカーボールが飛び出してきた入口から駆け込んで来た男の子が、私のそばに落ちているボールを確認すると、突然頭を下げて謝った。
私がまだ吃驚したまま起き上がれないでいると、立たせる為に手を貸してくれた。
「何処か、怪我して無い？」
男の子は一通り怪我が無い事は診てくれたみたいだけど、念の為だろう確認してくれた。
私もよそ見をしていた事などを含めて頭を下げる。
一頻り謝り合った後、男の子が私自身に興味を持ったのか、世間話を振ってくる。
私も今までの会話で、男の子が悪い子じゃない事が判っていたし、少し力になってくれないか期待を込めてお話に付きあった。
果たして、道を教えてくれるどころか道案内まで買って出てくれた。
地獄で仏とはこの事とばかりに男の子の申し出を受け、案内して貰う事にした。
道すがら自己紹介などして、私たちは友達になった。
この町で初めて出来たお友達が、男の子である事や、そもそも男の子にこんなに短時間で気を許している事など、今までの私では考えられない事だったが、それ以上にこの新しいお友達を得た事が嬉しかった。
§§§
公園で会った女の子と一緒に海までの道のりを歩く。その少しの間で俺達は打ち解けて行った。
むつきちゃんは『妹』の雪希、同じく『妹分』の日和、『喧嘩友達』の清香とは違い、どのスタンスにも入らない存在としての『女の子』であった。
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