海浜大混乱
１９９Ｙ・０７・０８（月）
１１：４０
「…と、云う事で今年の夏も『臨海学校』を有志学生で開く事になりました。これ
には、学校の先生方にも参加頂き、現地での指導も受けられる様にしてありますの
で宿題や来年の受験勉強にも気兼ね無く参加出来る様にしてあります。後で申込書
を配りますので良く読んで下さい。」
委員長の長々とした説明を聞き終わった。
夏休みのお祭り騒ぎか…悪くないな。来年の夏はそれどころじゃ無い奴ばかりに
なるのだろう。
今日の４限のＬＨＲが終わり、申込書が回されてきた。こう云った騒ぎは好きな
性分なので多分参加する事になるだろう。
「よぉ、拓郎。やっぱ、お前はこれに参加するんだろう？」
例によって一哉だ。やはり『何か』を期待してる様だな。
「あぁ、多分な。お前と違って夏休みに一人身だと寂しいんでな。」
「うっ…しかし、俺はお前と違って知名度も人気も無いからな。こう云ったイベン
トならお前の独壇場だろうが。」
「で？お前はどうするんだ？折角の夏休みだと云うのにくるみちゃんと離れてると、
寂しがるんぢゃないのか？特に最初の５日間だぜ？」
「お前が行くなら多分、良い土産話も沢山出来る筈だから、勘弁して貰えるさ。全
てはお前次第だ。」
「俺も他の参加者次第だな。女の子が来ない様なら行っても無意味だしな。」
特に、此の夏には舞ちゃんとの進展を狙っている。彼女が来ないならば、行って
も無意味だ。いや、返って無駄に夏休みを過ごすだけ損になって仕舞う。
俺は、思い切って舞ちゃんに参加かどうかを確認しようと思った。
彼女が弁当を食べ終わるのを待ち、屋上に誘う事に成功した。
「拓郎君？どうしたの、急にお話しなんて。」
「いや、今日のＬＨＲで話してた『臨海学校』ってさ、舞ちゃんはどうするのかな
ぁ…って。舞ちゃんが居ないと俺も張り合い無いし。良ければ一緒に行かない？」
「えっ？…うん。ええ、多分行くわ。折角、拓郎君が誘ってくれてるんだし…」
「舞、そんな奴の口車になんか乗る必要はない。僕たちには、もっとそれにふさわ
しい旅行をすれば良いじゃないか。」
此の気障で高飛車な物言いは…ボンボンか。
別に確認する積もりも無いのだが、一応振り返ってみた。やはりボンボンだ。
「ふん、普通の高校生活の味も確かめようとしない奴に用事はない。舞ちゃんはお
前みたいな奴とは違う、普通の高校生さ。さて、こんな奴相手にするより有意義な
事は幾らでもある。舞ちゃん、行くよ。」
俺は、前回の事もあるので、極力云い合いにならない様に言葉を吐き捨てると、
舞ちゃんを連れ屋上から出て云って仕舞った。
「舞ちゃんが行くなら、俺も参加にするね。今から夏休みが楽しみだな。」
「ええ、有り難う。私もどうしようか迷っていた所だから…。」
舞ちゃんの参加は大丈夫な様だ。俺も参加の申込をしておこう。
１９９Ｙ・０７・０９（火）
１２：３０
俺は、昨日の参加申込所に記入漏れがない事を確認し、よしこ先生に提出した。
「はい、拓郎君は臨海学校に参加ですね。まだ昨日話したばかりなのに、今年は沢
山来そうね。」
「毎年やってるんすか？臨海学校って。」
「ええ、そうよ。何時もは全クラスで５０人くらいでしたから、大げさにはならな
かったんですけど、今年は話した翌日から３件目よ。しかも、全員２−Ｄで。」
「へ？もう？誰が申し込みしてるんすか？」
「桜木さん、相原君、そして貴方の３人よ。」
舞ちゃんも、申込は済ませてるんだ…これで間違い無く参加する事になるな。
職員室を出た所で一哉とすれ違った。
「おい、拓郎。お前、桜木 舞を臨海学校に誘ったんだって？」
「何だ？いきなり。当然、誘ったぞ。舞ちゃんの居ない臨海学校なんて俺が行く意
味の半分以上は無くなるってもんだ。」
「まぁ…良いけどよ。お前に誘われて、申込みしてるって話がクラス中に流れて、
大騒ぎだぜ？彼女、皆は遠巻きにしてるけど、人気が無い訳じゃない。男どもは参
加を決めてるし、お前が誘ったって事はお前も出るだろうってお祭り連中も参加を
決めたって話だぜ。俺もこれから提出だ。」
「好きにしろ。俺は別に人の為に騒いでる訳でも無いし、舞ちゃんの事だって、遠
目で見てる奴なんか最初から相手にしてないさ。」
「ふん、偉そうな事を云うな。お前だってそんな連中と大差は無いんだ。」
毎度、何処に隠れてるんだか、俺の行く先々に居やがるな。
「丹児。貴様、俺の後を付けてきてるのか？暇な奴だ。」
「僕の名は健二だ！け・ん・じ！貴様の後なんか付いて行く訳無いだろう！僕は忙
しいんだ。それよりも、舞に近付いてる積もりでも、貴様も他の連中と大差無い、
ただの庶民だという事に気付かんのか？」
「ふん。云うだけ云ってろ。それよりも、貴様こそ、自分にふさわしい旅行が在る
んじゃ無かったのか？」
「舞の居ない旅行なぞ、云っても無駄だ。それよりも、野蛮で下劣な庶民の中に舞
を一人送り出す訳にも行かないだろう。そんな事も判らんのか？」
「勝手にしろ！俺は貴様の相手をしてる程、暇じゃ無いんだ。己の品の無さに気付
かない愚か者には何を云っても無駄だ。」
俺は背を向けるとさっさと教室に向かって歩きだした。
「待て、愚か者とは僕の事か！？訂正しろ、貴様は本当の品の良さも判らぬ癖に…」
まだボンボンが何か云ってやがる。俺は無視して教室に戻って仕舞った。
教室に戻ると、周りの視線を一斉に受ける事となった。
直接、俺に話しかけるような奴は殆ど居ない。「先負高の問題児」と友達付き合
いしてる…と云う世間体を気にしてる奴らばかりだからだ。
しかし、そんなものを無視した『女の子達』が居た。
美穂ちゃんと美沙だ。
二人は、俺が舞ちゃんを誘って、俺自身も参加を申し込んだ事を確認すると、女
の子の集団に帰って行って仕舞った。
俺は、どの女の子と一緒に居ても騒がれた事は無い。
それは、俺が常に女の子と一緒にいる事も理由の一つだが、俺に面と向かって俺
の気に触る事を云う『冒険者』は居ないからだ。
入学初日に『柔道部主将を一撃』だったことが何時の間にか体育系の部員により
口コミで広がり、『拓郎に逆らうな』の暗黙の了解が出来ているらしいのだ。
さして暴れる事は好きでは無い俺は、此の状況を良しとして、それ以上は何も云
わずにいる。
そして、後で判った事だが、今日の放課後には全参加者の九割が申込を済ませた
と云う事だった。ちなみに、今年の臨海学校は企画始まって以来の大人数だと云う
事である。
１９９Ｙ・０７・２５（木）
１２：３０
一学期も終業式を終え、今、夏休みが始まった。
明日から臨海学校と云うスケジュールなので、放課後は参加者が残って雑務を割
り当てられる事になる。
…あれ？誰も帰る様子が無いじゃないか…どうしたのだろう？
そこに、よしこ先生が教室に入ってきた。
「みんな、揃ってるわね。じゃぁ臨海学校の為の臨時ＬＨＲを開始します。」
…へ？じゃぁ…此の組全員が参加者？…でも無いか、数人減ってる。
しかし、元気な奴らだ。
ＬＨＲは無事終わったが、議事進行を見る限り、参加者は２−Ｄが一番多く…と
云うより、参加者は２−Ｄの生徒殆どと他組の生徒極小数…なのだそうだ。
兎に角、班決めや当番などは無事に決まった。
ボンボンは自分も当番に入った事に不服そうだったが、自分から参加申込をした
手前、何も云えないでいる。良い気味だ。
今日の所は、学校でする事も無いので、帰って荷造り等を仕上げる事とした。
１９９Ｙ・０７・２６（金）
０８：００
初日である。予想通り、参加者は２−Ｄ殆どと他のクラス小数名だ。
舞ちゃん・美穂ちゃん・美沙・さとみ・一哉…げっ、やっぱりボンボンも来てる
か…遅刻してれば置いて行く様に仕向けようと思ったのに…
さて、移動は…バスの様だ。当然、狙いは舞ちゃんを窓側にして、隣に俺…って
形だな。（現地に付くまで舞ちゃん独り占め…）
「舞ちゃん、バスは窓側が良いでしょ？俺と乗ろうよ。」
「えっ…ご免なさい。さっき、さとみちゃんと約束しちゃって…」
さとみなら話も通せるだろう。俺は一寸その場を離れると、さとみの所に行く。
「おい、さとみ。舞ちゃんの隣の席、代わってくれよ。」
「悪いわね、拓郎。一寸、舞に貴方が手を出せない様に頼まれてね。悪く思わない
でね。私の参加もその為だし。」
「げっ…誰だよ。そんな事頼んだのは…健二か？」
「違うわよ。それに、そんな事云える筈無いじゃない。云ったら、貴方の事だもの。
何するか想像出来ちゃうわよ。」
「拓郎君、貴方は私と一緒に最前列に乗って下さい。」
後ろからよしこ先生の声が聞こえた。
「へ？よしこ先生。これまた大胆なお誘いで。他の生徒も聞いてますよ？」
「何を云ってるんです。貴方が後ろの方に居ると何をするか判らないので、先生の
目の届く所に来なさいと云ったんです。良いですね。」
「拓郎、御愁傷様。」
話が終わったと見るか、さとみが一声かけて去って云った。畜生…ま、ボンボン
が舞ちゃんの隣に来ると云う最悪の自体にはならなかった様なので良しとするか。
４時間後…今回使用する施設に到着した。
昔の小学校を敷地ごと買い取った様で、寝泊まりに使う宿舎は木造校舎をそのま
ま使い、校庭も運動場として使われている様だった。
「結構…大時代的だなぁ」
多分、殆どの参加者の感想がこれだっただろう。
「部屋割りは特に決めてませんが、２階を使います。中央の階段から右を男子、左
を女子の部屋とします。先生は階段突き当たりの正面の部屋を使います。
荷物の整理をしたら、日程の説明をしますので、１階の食堂に集まって下さい。」
よしこ先生と真子先生が２階中央、他の男性教師が１階の階段脇に陣取る様だ。
俺は階段から一番右に陣取る事とした。
既に教室としての雰囲気は取り去られ、押入の中に布団まで用意されていた。
「よっ！拓郎は此処を使うのか？なら、俺もそうさせて貰うかな。」
一哉だ。まぁ、俺が何するか見届ける為に参加した様な物らしいので、当然と云
えば当然だろう。俺も嫌がる必要は無い。その後、数人の参加者が来たが、その中
にボンボンの影はなかった。まぁ、その方が平和だろう。
取り敢えず、荷物の整理を終えた俺達は１階の食堂へ向かった。
適当なところに座って全員集まるのを待っていると、舞ちゃん、美穂ちゃん、さ
とみ、美沙が一緒にやって来た。どうやら、同じ部屋に陣取ったらしい。
「舞ちゃん。此処、座りなよ。」
「あ、拓郎君。」
舞ちゃん達がこっちに気付いたので、俺の向かいに座った。
「皆、同じ部屋にしたの？」
「ええ、一番左の部屋にしたの。」
「後で、遊びに行こうかな…」
「拓郎、貴方の場合は、本気でやりそうだから恐いのよ。」
「何だ？さとみ。俺は本気だぞ？」
「拓郎…昼間ならともかく、夜は絶対来るなよ。」
「舞、心配は無用だ。こいつは女子の方には行かせない。」
げっ…いつの間にかボンボンが来てやがった。取り敢えず、無視して話を進る。
「大丈夫だよ。夜、部屋に行って美沙の返り討ちには逢いたくない。」
「判ってれば良いんだ。此の期間中、舞や美穂に変な事したら、ただじゃ置かない
からな。」
「おぉ恐い」
「お前達！僕を無視するな！」
とうとうボンボンが切れた様だ。
「何だ？園児。何か用なのか？」
白々しく反応する。
「僕の名は健二だ！…拓郎、お前の好きにはさせないからな！」
…なんだかなぁ…結局、俺とは遠い席に座って仕舞った。
等と話している間に、全員揃ったようだ。よしこ先生の説明が始まる。
「今日からの５日間、この宿舎を使って臨海学校を開きます。日程はこれ云ったも
のは殆ど用意されていません。朝・昼・晩のご飯とお風呂の使用許可時間帯のみ掲
示しておきますので、後で見ておいて下さい。宿題、或いは独自の勉強をしたい生
徒は１階に自習室を設けてありますので、そこを使って下さい。先生も常にいる様
にしておきます。
また、保健室を自習室の向いに設定し、斉藤先生が居てくれる事になっています。
３日目に有志のみで「オリエンテーリング」のレクレーションを用意してありま
す。これに参加したい人は、明日の午前中までに教官に申告しておいて下さい。
何か質問は？」
俺は手を上げ、真っ先に質問した。
「海で泳いだりするのも許可なんですか？」
在る程度予測された質問らしく、すぐに答は返ってきた。
「特に禁止はしません。しかし、海には単独では行かず、出発前に先生に報告して
おいて下さい。海で何か事故があった場合、すぐにこちらに報告して下さい。」
結構、規制が緩い…こりゃ、今までの参加者が少ない理由も判った様な気がする
な…こんな状況に置かれたら、殆どの学生が遊ん仕舞う。一応進学校に来る学生だ、
今までの参加者は俺みたいな遊ぶ事が主流な奴か、多少遊んでも余裕な奴位だろう。
しかし、「オリエンテーリング」か…面白そうだな。舞ちゃんと一緒に廻ろうか
な…こりゃ誘ってみるしかないな。
取り敢えず、昼食になったので食べてみる。…うん、結構旨い。此の５日間は飯
が楽しみになりそうだ。
昼食が終わり、解散した後、俺は舞ちゃんを誘って校庭に出て、オリエンテーリ
ングを誘ってみた。
「舞ちゃん。さっき、よしこ先生が云ってたオリエンテーリング、一緒に参加しよ
うよ。折角来たんだしさ。」
「良いわねぇ。拓郎、私も一緒に行って良いわよね？」
「げ…さとみ、お前どうして此処に？」
「そりゃ、何時もと違って此処は人数少ないもの。探そうと思えばすぐ見つけられ
るわ。ねぇ？」
「ああ、そうだな。で、やっぱり乗って来たな？拓郎。俺も混ぜろよ。」
あちゃ…一哉まで出て来やがった。俺は一哉を引っ張って一寸その場を離れ、小
声で抗議した。
「おい、折角の舞ちゃんとのデートを邪魔するなよ。」
「デートったって、既にさとみに邪魔されてるんだろ？くるみへの土産話の為だ、
同行するぜ。」
…本当に恋する男は無敵だ。向こうでは舞ちゃんがさとみに説得を受け、あ〜あ、
頷いちゃったよ。しょうが無ぇなぁ。
と、そこへ美穂ちゃんと美沙も登場してきた。
「拓郎、お前の事だからオリエンテーリングに参加する積もりだろ？私達も混ざっ
て良いだろ？」
「美沙、お前も俺と一緒にいたいのか？」
「ば…莫迦野郎！私は美穂が…」
「美沙ちゃん…」
「あ…何でもないよ！兎に角、一緒に行くからね！」
俺の意志は何処へやら、何時の間にか６人パーティが出来上がって仕舞った。
既に云い返す気力も無くなった俺は宿舎に帰り、よしこ先生に６人１組での参加
を申告し、部屋に戻って枯れ果てて仕舞った。
夕食を食べた後は、気を取り直して明日以降の予定を考える事にしながら、寝る
事にした。
１９９Ｙ・０７・２７（土）
０８：４０
目を覚ました俺は手軽に身支度を整えると、食堂に向かった。
既に朝食の指定時間が始まっていた事も在り、教官他数人が既に食べ始めていた。
席はどうも昨日座った席に何となく決まって仕舞っていた様で、俺の席の周りに
は舞ちゃん・美沙・さとみ・美穂ちゃんが座っていた。喜ばしい事だ。
俺も取り敢えず席に着き適当に食べ始めた。
「あれ？一哉君は？」
「別に一緒に起きた訳ぢゃないし、まだ寝てるだろ？俺は男の寝起きを襲う趣味は
無いよ。」
「くすっ、やだぁ…」
「一寸待て、拓郎。女の子の寝起きを襲おうなんて思ってるんじゃ…」
「ま…待て、美沙。返り討ちは御免だと昨日も云ったろ？俺はまだ自分が可愛い。」
「でも、拓郎？本当は襲いたいんでしょ？」
「当然、舞ちゃんや美穂ちゃんの寝顔を…」
さとみの不意討ちに思わず本音を漏らした俺は、舞ちゃんと美穂ちゃんを赤面さ
せ、美沙から鉄拳を喰らい、さとみから嘲笑を貰った。ち…畜生。
昨日の一件で、正功方での誘い方ではさとみに邪魔されるので、別な…そうだな、
舞ちゃんにだけ判る符丁の様なモノで誘わねばならんだろう…と勉強した。
取り敢えずは、今日は舞ちゃんと一緒に行動し、何か「合い言葉」になりそうな
ものを暗示しておこうと思う。
朝食も終わりかけた頃、一哉が慌てて降りてくる。
「拓郎、朝飯なら朝飯と起こしてくれても良いじゃないか！」
「俺は男の寝起きには興味ないんだ。飯が喰いたくば自分で起きろ。」
「へいへい、明日からはそうさせてもらうよ。」
納得したのかふてくされたのか、一哉はそれ以上何も云わず朝食を取っていた。
「さて、舞ちゃん？今日の予定は？付き合うよ。」
「残念ね、拓郎。今日はもう私達と５日分の勉強を一気に済ますのに自習室に篭も
るのよ。本当に付き合う？」
ち…畜生。さとみの奴、夜の内に今日以降の予定を作りやがったな！
しかし、いくらさとみでも舞ちゃんにあと４日ベッタリと云う訳にも行くまい、
今は舞ちゃんに通じるような暗号を作る方が得策だ。
勉強なぞする積もりもないが、邪魔されないと云う意味では自習室は最適だろう。
「おぅ、男に二言はないぞ！舞ちゃんが篭もるんなら付き合うぞ！」
「ふぅん…頑張ってね。」
さとみは呆れとも感心とも付かない表情で俺を見たが、それ以上は何も云わなか
った。代わりに口を出したのは美沙だ。
「おい、拓郎。私や美穂も自習室に行くからな。勉強する気も無いのに自習室で暴
れたりしたら私が放り出すぞ。」
「はいはい、判っておりますよ。」
そうだ、俺は俺のやる事がある。暴れてるほど暇じゃないのだ。
兎に角、一旦部屋に戻った俺は一応の筆記用具とノートを見られない為の教科書
を持って自習室に行く事にした。
丁度、さとみ達と廊下で出会したのだが、一言。
「本当に勉強する気なんだ…雨を降らさないでよ？」
とだけ抜かし、スタスタと自習室に入って仕舞った。
俺は一応、舞ちゃんの姿が見れる近場に自分の席を構え、教科書でノートに盾を
作る要領で集中した。
「フン、勉強なぞする気も無いのにこんな所まで舞を追いかけおって、情けない奴
め。お前がいるだけで此の部屋の空気が汚れる。とっとと出て行くが良い。」
俺の集中を邪魔しようとする奴がいる。俺は忙しいんだ。気障なボンボンの相手
をするほど暇じゃない。
「おい、この僕を無視するな。どうせ貴様の事だから、此処で暴れる計画でも立て
ているのだろう。とっとと立ち去れ！」
…やかましい奴だな。しょうがない、さっさと退席願おうか。
「おい、凡児。此処まで来て騒いでるのは貴様だけだ。此処で静かに出来ない様な
ら出て行け。」
俺の台詞に周りがざわめいた。俺が「静かにしろ」と云う事がそんなに珍しいの
だろうか？
「ぼ…僕の名は健二だと云っているだろう！この僕に静かにしろだと！？」
「そうよ、相原君。さっきから大声を出しているのは貴方だけよ。此処では静かに
しなさい。それが出来無い様なら出て行きなさい。」
俺がもう少しやり込めてやろうかと思った時、代わりに云ったのはよしこ先生だ
った。これにはボンボンも逆らえなかったらしく、俺を睨み付けるのが精一杯で部
屋から追い出されて仕舞った。
自習室は、多少落ち着きを欠く様になったものの、静けさを取り戻した。
気が付くと、昼食前になっていた様でよしこ先生はオリエンテーリングの参加者
最終確認をし始めていた。
俺は都合３時間も集中していた事になる。
それだけ集中する事の出来る俺に驚いたが、それ以上にそれだけの集中を以てし
ても舞ちゃんを誘い出す方法が思い付かない自分が情けなくなってきた。
昼食後も自習室で悩む事になるのだろうが、取り敢えず飯だ。俺は一旦部屋にノ
ート等を持って帰ると、食堂に向かった。
「しかし、拓郎が本当に勉強する積もりで自習室に行くとは思わなかったな。」
食堂に付いた俺を向かえたのは、美沙の一言だった。
「まだ、判らないわよ？拓郎の事だから、後で悪戯する為の下調べのに来たのかも
知れないし。」
「さとみ、お前って奴は人を信じるって事を知らない様だな。」
「あら、私も人は信じてるわよ？ただ拓郎の、こと勉強姿勢に関しては『信じられ
る』人の部類には入って無いだけ。」
「酷ぇ、そこまで云う？ねぇ、舞ちゃん？」
「えっ？そうね…でも、拓郎君ならやりかねないんじゃない？」
「舞もそう思うわよねぇ。拓郎が勉強に集中するなんて普通考えられないもの。」
「舞ちゃんまで…俺も人間不信になろうかな…」
「でも舞ちゃん、さとみちゃん。拓郎君は自習室でも余所見しないでノートに集中
してたわよ？ねぇ、美沙ちゃん。」
「あ？…あぁ。確かに拓郎は何かに集中してたな。」
「あれ？美穂に美沙も、良く拓郎を見てたのね？」
「やだ…」
「そ…そんなんじゃないよ。」
「そうか…美沙まで俺を見てるのか…」
からかってやろうと思った一言だったが、テーブルの下からの一撃が俺の言葉を
抑えた。美沙の奴、俺の方を睨んでやがる。
「拓郎…楽しそうだなぁ」
恨めしそうな顔をしながら一哉も食堂にやって来た。
「どうしたんだ？一哉。」
「どうもこうも無いぜ。折角お前が参加するってんで、これだけの参加者が集まっ
たってのに、当のお前は自習室に篭もりっきりで何もしないし…お前に期待した参
加者は皆似たような状態だぜ。」
「別に俺は期待されてるから動いてる訳ぢゃ無いんだぜ？」
「だから、真正面から文句云う奴が居ないんだよ。」
「兎に角、俺はまだ考えがまとまって無いんだから午後も自習室に行くぜ。」
「考え？やっぱり何かする積もりなのか？」
「考え？やっぱり何かする積もりなの？」
一哉とさとみ、美沙が声を揃えて俺に聞いてきた。全く、俺は騒ぐ事しか考えな
いとでも云うのだろうか？
「今回は違うよ。単なる考え事だ。」
昼食が終わると、校庭で軽く腹ごなしをして、また自習室に篭もり始めた。
…どれ位時間が経っただろうか、未だ良い考えが浮かんでいない。
気が付くと、舞ちゃん達は後片付けをしている。
いち早く片付け終わったさとみが俺の方にやって来ると、他の邪魔にならない程
度の声で話しかけてきた。
「拓郎、悪いわね。私達は終わったから引き上げるわよ。貴方はどうする？」
「俺は考え事をしてると云ったろう。此処に残る。」
「あら、本当に『考え事』だったのね。じゃぁ、またね。」
畜生、この臨海学校中には絶対、出し抜いてやるからな！
さとみに続き、美沙、舞ちゃん、美穂ちゃんと次々に自習室を出て行き、周りを
見ると既に数人くらいしか残っていない。
時計を見て納得した。既に１７時を回っている。あ〜ぁ、俺は今日一日何してた
んだろうなぁ…
少し落ち込んでいると、一哉がやって来た。
「おい拓郎、メシだぞ！…何だ、まだ『考え事』って奴が片付いてないのかよ？
お前が何かしてくれなきゃ、くるみへの土産話が無くなるじゃないか！しっかり
してくれよ。」
…チッ、幸せ者はこれだから困るぜ。既に我が侭だと云う事が判ってない。
「どうせ、『俺達のおかげで桜木 舞と二人きりに成れなくなった』とかで悩んで
るんだろ？…一言相談してくれれば良いのによ。
俺だって、土産話は欲しいが、お前の邪魔をしに来てる訳ぢゃないんだぜ？
明日のオリエンテーリング、頃合を見計らって二人きりにしてやるよ。その代わ
り、この夏に何かイベントを起こせよ？」
こいつ…原因の一端が自分にも在る事に気付いて無い。しかし…まぁ、しょうが
あるまい。此処は一つ取引をした方が確実だ。
「判った。先負に戻ったら、公民館借りて１日中Ｈビデオの上映会を開いてやる。
ただし、集まりそうで秘密厳守出来る奴にのみ情報を撒く事。どうだ？」
「ふ〜む、乗った。明日は任せな。それよりもメシ、無くなるぞ。」
俺は大至急で片付けをし、食堂に駆け込む事にした。
食堂に着くと、既に食事は始まっており、俺は自分の分を用意して席に着いた。
「あら、遅かったわね。まだ考えてたの？此の分じゃ、明日も自習室ね。」
さとみの奴、誰かから引き受けた仕事と云ってたが、自分でも楽しんでないか？
「さてね、明日はオリエンテーリングだし、そうそう悩んでる訳にもいかねぇよ。
それにな、俺は此処に悩む為に来たんぢゃない。楽む為に来たんだ。」
適当にはぐらかし、夕飯を取る。
「それよりも、今晩、部屋に遊びに行くから。」
「え？部屋って…私達の？」
「他に何処が在るんだよ。メシ喰ったら行くよ。」
「拓郎…お前。」
「っと、今日は何もしないよ。明日のイベントを壊す積もりは無い。それの打ち合
わせも兼ねてだよ。消灯になったら、自分の部屋に帰るさ。」
「拓郎、本性を出したな。夜、婦女子の部屋に向かうなぞ、此の僕が許さん！」
…やかましい奴だな。何時の間に来たんだ。取り敢えず、無視しよう。
「じゃ、『職員室』で明日の説明聞いたら、そっち行くから。」
「こら！僕を無視するんじゃない！婦女子の部屋に向かうのは僕が許さんと云った
ろう！」
「やかましいな、賎児。明日の打ち合わせだよ。関係ない奴は引いてろ。」
「僕の名は健二だと云っているだろう！明日？何か在るのか？」
「明日は俺達でオリエンテーリングに出発するんだ。お前は此処に残ってな。」
「何？今朝の申込には舞達も、ましてお前も居なかったではないか！」
「残念だな減辞。俺達は既に昨日のウチに登録しておいたんだ。ま、明日は大人し
く留守番してな。」
「なんだと？…僕の居ないところで貴様、何をしようと云うのだ！」
「莫迦か？お前。オリエンテーリングだと云ったじゃないか…ほらほら、メシの邪
魔だ、とっとと出て行け。」
呆然としているボンボンを尻目に夕飯を食べ終わると、職員室でコンパスと方位
磁石、それに人数分の白地図を受け取り舞ちゃんの部屋に向かった。
「よぉ！良いかな？」
「あ…拓郎君。」
俺が来るのを待っていたのは、舞ちゃん・美穂ちゃん・さとみ・美沙…それと此
の部屋の住人全てであった。
「あれ？どうしたの？こんなに大勢で。」
「こんな時間に拓郎が来るって云うから『何か起きるのかも』って期待してるのよ。」
「俺がぁ？別に何もしないぞ？…それよりも、舞ちゃん・美穂ちゃん・美沙・さと
み、これを渡しておくから、明日昼メシ後に校庭でポストの位置を各自メモること。」
４人に白地図を渡すと、説明を続けた。
「コンパスと方位磁石は１個しか借りてないから、俺が持っておくよ。集合は一応
１２時半、ポストの場所が書いて在るマスターマップ前に。グループ全員がポスト
の位置を白地図に書き込んだらスタート。
より多くのポストを見つけたチームが勝ちで、発見ポスト数が同数の場合は所用
時間順、それも同じならば同点となる。
まぁ、勝ち負けを競うのも面白そうだけど、やっぱ楽しみたいな。」
俺は職員室で受けた説明を四人に聞かせた。
「さて、本来の用事も終わったし、消灯までには少し時間が在るな。」
「おい、私達は消灯前には着替え終わってなきゃいけないんだぞ？」
「気にするな、美沙。俺は気にしないから。」
「陸上部で鍛えた此の脚力、身を以て知りたいか？」
「判った…。今日の所は帰ろう。舞ちゃん、美穂ちゃん、おやすみ。」
俺は二人に手を振ると、逃げる様に自分の部屋まで帰ってきた。
「お、拓郎。早かったな。消灯までは居ると思ったんだが。」
「そうもいかねぇよ。あの部屋には恐い番人がいるからな。」
一哉に女子部屋での説明と同じものをすると、白地図を渡した。
「と、云う訳だ。お前は遅れたら見捨てるからその様にな。」
「酷ぇ…ま、判った。明日１２時半にマスターマップ前な。遅れずに行くよ。尤も、
午前中からお前の周りに居れば良いだけだ。」
「午前中は女の子と遊ぶ予定なんだから、邪魔するなよ。下手に邪魔するとくるみ
ちゃんに報告するぞ。」
「ふふん…くるみは俺の事信じてるから、大丈夫さ。」
「ちっ…勝手にしろ！」
俺は布団を引いて寝る事にした。
１９９Ｙ・０７・２８（日）
１２：２０
あっ！と云う間に午前中が終わり（一哉の奴、本当に俺から離れやしねぇ…おか
げで大した事も出来なかった…）、オリエンテーリングの集合時間になって仕舞っ
た。
ん？説明してくれる筈のよしこ先生にボンボンが食いついてるぞ？
話が一段落したらしい。マスターマップ前でよしこ先生がゲームの説明を開始し
ている。内容的には昨日受けた説明と同じなので、一応の確認という意味らしい。
一応、各グループ（計１３組、１人の組もある）１０分間隔で宿舎を出る事にな
った。さて、俺達の番だ。
周りを見てみるが…げっ！ボンボンが方位磁石なんか持ってやがる！さっき、よ
しこ先生に食いついていたのは、これの参加を無理矢理申請してやがったんだな！
冗談じゃない！こいつに付き纏われたら、また話がおかしくなる。
校門を出た所でボンボンに気付かれない様に相談する。
「健二の奴が此のイベントに無理矢理参加したらしい。奴が付き纏うと厄介だから、
撒くぞ。」
ちっ…イキナリだったから、巧い云い訳が思い付かなかった…
しかし…あれ？嬉しい事に反論が来ない。このまま勢いに載せて仕舞おう。
「よし、じゃぁ此の場で一旦解散。健二に見える様にだ。その上で２０分後に宿舎
裏口に再度集合。良いね？」
全員が頷く。
「よし！散るぞ！」
俺はボンボンがこっちを見ている事を確認した上で解散の号令をかける。
それに併せて各自、思いゝの方向にバラケる。
焦ったのは健二だ。遠目でしか見えていない距離なので、誰を追って良いのか判
別が付かない様だ。ざまぁ見ろ。
１５分後、集合場所である裏口に着いた俺は、こっそり校庭を偵察し、健二が消
えている事を確認した。
多分、俺達は先行してると思って急いでポストを回っているのだろう。
校庭から戻ると、全員が集合していた。
「やったぜ。健二の奴、俺達の大分先に行ったと思うぞ。」
俺は笑いながら全員に報告した。
「さて、最初のポストは…大ざっぱ西だな。」
方位磁石を見て西を確認すると全員に確認した。
「最初のポストは西に大ざっぱ７００ｍ位の所だけど…歩測って出来る奴居るか？」
「おい、拓郎。ホソクって何だよ？」
「…一哉は出来ない…と。歩測ってのは、字の通り、歩いて距離を計る事だ。例え
ば…此の路の先に電信柱が在るだろう？彼処まで大体１００ｍだ。何歩で付ける？」
俺達は全員で電信柱まで歩きだした。
付いたところでもう一度確認した。
「さて、みんな自分の歩幅で１００ｍ歩いた。またさっきの場所まで歩いてみて、
同じ歩数でたどり着けた奴は歩測出来るって事だ。
つまり、１００ｍ何歩かかったかと云う事実と何歩歩いたと云う事実から、大体
歩いた距離を割り出せる事になる。判るか？」
一通りの説明の後、俺達はまた宿舎裏口に戻ってきた。
「歩測の場合、右足と左足１回づつで『１歩』と数えるんだ。どうだ？俺は行き・
帰りとも６６歩と半分で着けたぞ。」
「俺は行きが６８歩、帰りは７３歩…駄目だこりゃ。」
「私は行き・帰りとも８３歩。陸上で歩幅を揃える様に鍛えてるから、こういうの
には強いよ。」
「私は行きに８５歩と半分で帰りが８６歩。お稽古で歩き方に厳しい先生が居て…」
結局、完全に出来そうなのは俺と美沙。次に舞ちゃん・さとみ・一哉・美穂ちゃ
んの順で崩れている様だ。
ま、二人も出来れば充分。舞ちゃんも充分許容範囲内だろう。
全員の状態も判ったし、最初のポストに向かう事とした。
「あ、あれじゃない？」
最初に見つけたのは美穂ちゃんだった。
「あぁ、確かに説明にあった様な形してるな。拓郎、どうなんだ？」
「えっと…あぁ、間違いない。最初のポストには…『Ａ』って書いてあるな。これ
を白地図の空欄に書いておくのか…。さて、次は此処から北東かな？」
最初は簡単に見つかった。流石に方位磁石とコンパスしか無い状態で場所特定を
するのだから、距離感が確かな奴が居ると便利だ。
Ａ・Ｍ・Ａ・Ｓ・Ｅ・Ｒ・Ａと…７つまでは順調に行った。
しかし、８つ目はどうあっても見つからなくなって仕舞った。
「場所は…此の辺りで良いんだよなぁ？」
何度と無く繰り返した台詞をもう一度吐く。
「うん、間違いない…筈よ？」
何度と無く帰ってくる、答。
「しょうがないな。探してても埒が明かない。二人づつに別れよう。」
一哉が珍しく中心に出た。いつもは俺のやり方を見てる筈なのに。（当然、土産
話にする為だ）。
一哉が俺に合図する。あ！なるほど、『俺と舞ちゃんが二人きりになる方法』っ
てのは此れか！となれば、それに乗らねばなるまい。
「おぅ、そうした方が良いかな。で、どうする？」
「６人を３組に分けて西と東に別れて探す。もう１組は此処で連絡待ちだ。相方に
何かあったら此処に急行して宿舎に連絡。良いな。」
全員頷く。良いぞ！
「よし、じゃぁ拓郎。お前はリーダーとして此処に残れ。田中と鈴木で西を、俺と
黒川が東に行く。良いな？」
皆も渋々とだが了解した。何せ、一番妥当な分け方だったので、反論できなかっ
たのだ。
「よし、じゃぁ再集合は２０分後！一旦解散！」
俺のかけ声と共に、４人は別れた。此処には俺と舞ちゃんしかいない。
一哉、感謝！…と、一哉が最初に邪魔しなければ最初からこうだったんぢゃない
か…困ったモンだ。
５分くらい取り留めの無い事を話し、４人が帰ってこない事を確認すると、舞ち
ゃんを誘い始めた。
「舞ちゃん、今、少し良い？」
「えっ？うん、良いわよ。何？」
「今まで一寸タイミングが掴めなかったんで今云うけど…折角海に来たんだから、
浜辺に出て少し話したいな。」
「えっ？でも、此処で待ってなきゃ…」
「あっ！今じゃなくて。明日、夕方にでもさ…夕焼けに海が染まって綺麗だと思う
よ？…出来れば、二人で…見たいな。」
「えっ？…でも…」
それきり、舞ちゃんは黙って仕舞った。
俺も気まずくて黙りがちになって仕舞ったが、丁度美沙と美穂ちゃんが走って来
てくれた。
「明日の夕方、４時半に宿舎裏口で待ってるから。」
俺は素早くそれだけ云うと、美穂ちゃんや美沙に向かって声をあげた。
「何か有ったのか？」
流石に陸上部の美沙と美穂ちゃんを組ませたのは酷だったかも知れない。美穂ち
ゃんは息切れして話せそうに無い。
俺は美沙に向き直してもう一度聞いた。
「何か有ったのか？」
「ポスト、見つけたぞ。見つからない筈さ、崖の影に隠れてたんだ。」
「お疲れさん。さとみ達がまだ来てないから、此処で休んでろよ。美穂ちゃんもお
疲れ。」
まだ余力のありそうな美沙は、美穂ちゃんを休ませると舞ちゃんの様子がおかし
いのに気付いて仕舞った。
「おい、拓郎。舞に何したんだ？事によっては…」
「別に何もしてないさ…そうだ！明日、みんなで海に行かない？朝飯食べたらさ」
「どうしたんだ？いきなり？」
「別に？折角海に来たんだし、水着くらい用意してあるんだろ？」
等と話をはぐらかした辺りでさとみと一哉が帰ってきた。
「駄目だ。見つかんね。」
「さとみ、一哉、お疲れさん。美穂ちゃん達が見つけたよ。それより明日、朝飯食
べたら海、行かないか？」
「良いなぁ。みんなは？」
「私は…良いわよ？」
舞ちゃん、美沙、美穂ちゃんも頷き返す。決まりだ。
「Ｏ.Ｋ.！じゃぁ朝食後、宿舎玄関で待ち合わせと云う事で。さて、美穂ちゃん、
もう大丈夫？」
「うん、大丈夫。ポストまで案内するわね。美沙ちゃん、行きましょ？」
俺達は美穂ちゃんと美沙の案内で８つ目のポストに着いた。文字は『Ｋ』だ。
「さて、こいつのおかげで随分時間喰ったな。さて、次に行きますか。」
後は順調だった。Ｕ・Ｓ・Ｔ・Ｏの順で計１２文字、全部見つけた。
宿舎に着くと、どうやら最後だったらしい。既に夕飯を始めている者もいる。
「どうしたの？遅かったわね。まぁ拓郎君の事だから、変な事にはなってないと思
ったけど。」
出迎えてくれた真子先生は、開口一番にこう告げてくれた。
「こいつがいるから、変な事が心配なんだと云ってるでしょう！」
脇で騒がしいのはボンボンだ。
「全部見つけるのに苦労してね、途中で一つ隠してあるんだもんなぁ…」
「あら？全部見つけたのは貴方達だけよ？優勝は決まったわね。」
「本当、『お疲れさま』だよ…」
「流石ね、拓郎君。気付いたの？」
「まぁね…腹減ったぁ」
俺達は一旦部屋に戻り、着替えてから夕飯を食べに行った。
「所で、何よ？さっきの『お疲れさま』って」
切り出してきたのはさとみだ。流石に一番付き合いが長いだけある。俺が何か気
付いた事を見抜いてやがる。
「オリエンテーリングの答さ。ポストに書いて在った文字、今判るか？」
一応持って来ていたのだろう、美沙が食卓に広げる。
「えっと…Ａ・Ｍ・Ａ・Ｓ・Ｅ・Ｒ・Ａ・Ｋ・Ｕ・Ｓ・Ｔ・Ｏの１２文字だろ？」
「成る程ね…」
カンの良いさとみは気付いた様だ。舞ちゃんも頷いている。
「１２文字目から逆順に読んで見ろよ。ＯＴＳＵＫＡＲＥＳＡＭＡ、つまりは『お
疲れさま』になるんだよ。」
説明を聞いてる途中で一応全員が判った様だ。
「さて、明日の話だけど、朝食が終わり次第用意して玄関に集合。ただし、健二に
バレるとまた面倒だから、時が来るまで秘密厳守、これで良いな？」
俺は全員に確認を取ると夕食を終わらせ、食堂を出て仕舞った。
部屋に戻ると俺は荷物を漁り始めた。おっ、在ったゝ…俺は取り出したビニール
袋を抱えて女子部屋に向かっていく。
「た…拓郎！お前、何しに来た！？」
「しーっ！静かにしろよ、バレるじゃないか。」
「何だよ、何がバレるって？」
俺はビニール袋から、１つの瓶とペットボトルを取り出した。
「おまっ！こ…これって…流石に不味いんぢゃないか？」
「まぁまぁ…美沙だって多少は呑んだ事在るんだろ？」
言葉に詰まった美沙に代わって返事をしたのはさとみだった。
「拓郎…此処で酒盛りを始めてどうする積もり？私達を酔わせて何かするの？」
「いや、単純にこっちの方が監視が薄かろうって事と、やっぱり女の子と一緒の方
が楽しいじゃん。さとみも呑めるんだろ？」
俺はさとみや美沙にもコップを渡し、つぎ始めた。そのうちに段々と此の部屋の
住人達も興味を持ち始めたのか参加するようになり、騒ぐ事は出来なかったが、全
員での酒盛り大会になった。
「そろそろ、消灯時間だな…みんな、コップ隠せ！」
手早く後片付けをすると、ビニールに瓶をしまい直した。
「俺は、此処にこなかった。良いな。」
素早く押入に入ると、一言だけ云って点呼を待った。
「皆さん、消灯時間です。全員揃ってますね。」
時間通りによしこ先生が点呼に来る。そこにドタバタと足音が聞こえる。
足音は此の部屋の前で止まり、よしこ先生と何か話している。
「２−Ｄの拓郎君が見あたらないそうです。心当たりある人はいますか？」
よしこ先生はそうつけ加えると、周りを見回した。
全員で口裏を併せてくれたので、見つからずに済んだのだが、先生は何か感づい
たらしい。
「拓郎君の事だから、姿をくらまして後で此の部屋に来るかも知れません。今日は
私が此の部屋で、斉藤先生が隣の部屋で寝る事にしますのでよろしくお願いします。」
げっ！それぢゃぁ帰れないぢゃないか…。
「拓郎、拓郎。」
襖を軽く叩きながら俺を呼ぶ声がする。さとみだな。
俺は襖を軽く開けて話がとおるようにした。
「何だ？俺に話しかけるな。バレるだろ？」
「バレて困るのは私達も一緒よ。状況、聞いてたんでしょ？」
「あぁ…どうするか考えてたんだ。」
「どうもこうも無いわよ…此の状況で出られるのは透明人間だけよ。しょうが無い
から今晩は此処に泊めてあげるわよ。」
「え？良いのか？」
「しょうが無いでしょ？バレて困るのは私達も一緒なんだから。ただし、これから
着替えたりするんだから、朝まで此の襖を開けたら…どうなるか判ってるわね？」
「俺は自分の命が惜しい。心配するな。それより、バレる前に此処から離れろ。」
「判ってるわ。じゃぁ閉めるから…開けないでね！」
さとみは襖を閉じた。…どうやら先生には気付かれなかったようだ。周りが巧く
気を反らしてくれてた様だ。
兎に角、そんな状態では確かに身動きが取れない。
しょうが無い。確かに女子部屋で一晩過ごせても押入の中では意味がない。とっ
とと寝るか…
俺は明日の舞ちゃんとのデートに心を飛ばしながら寝る事とした。
１９９Ｙ・０７・２９（月）
０６：３０
…普段なら、目覚ましが無ければ９時を過ぎてやっと寝ぼける位の俺だが、今日
は違った。
何と云っても狭いのだ。押入故に大した広さは無いのが当たり前だが、大の男が
一晩寝る様な設計にはなってないらしい。
変な体勢になっている事もあり、体中の筋が強ばっている状態で目が覚めた。
襖の間から差している光線の具合から見て、まだ早朝も良い所だろう。
…此れ以上、この体勢でいるのも疲れるし、起床時間になっても俺が居ないとな
ると問題が大きくなる。このまま此処をトンズラした方が得策だろう。
俺は襖を少し開け、片目だけで部屋の様子を見た。
…どうやら、まだ全員寝ている様だ。まぁ当たり前か、多分７時前だろう。
あ、光が在るんだから時計も見れるか…うん、６時半か。出るなら今のウチだ。
俺は襖をもう少しづつあけ、やっと出れるような広さまでにした。
…まだ誰も気付かない。よし、次は俺が出て、襖を閉める。
…そこでフと足元を見たのだが…美沙だ。俺が出た時の制裁用として襖のすぐ脇
に寝てたようだな…静かにしてれば、可愛いんだが…
気を付けて見ると、さとみ、美穂ちゃん、舞ちゃんがやはり襖側に布団をひいて
る…俺はしっかり寝姿を瞳に焼き付けて、部屋を出る事にした。
女子部屋を出て仕舞えば簡単だった。
俺が部屋に戻る事を考えていない様で、男子部屋には教官は誰も居なかった。
俺は酒瓶とコップは荷物の奥に仕舞い込んでおく。水は見つかっても問題にはな
らないだろう…トイレで水を捨ててボトルは後で捨てよう。
兎に角、今は自分の寝床を確保して…今晩はずっと居た事にしよう。
…あれ？少し仮眠を取っていたようだ。部屋には数人が残ってるだけになってい
た。腕時計を見ると…げっ！９時近いじゃないか！朝食を喰いっぱぐれるぞ！
食堂に着いた俺を出迎えたのは教官御一同様だった。
「拓郎君、今まで何処にいたんですか？」
「拓郎…お前、夜は何処にいた？」
…聞く言葉は全て同じ内容だ。
「あれ？自分の部屋にいましたよ。さっきも部屋から出てきたんだから。」
「嘘をつけ！点呼の時は間違いなく居なかったぞ！何度も確認したんだ。」
「あぁ…一寸トイレにね。」
「…本当にか？」
「少なくとも、俺はさっきまで自分の部屋で寝てた。今部屋にいる連中に聞けば判
るよ。」
一応、嘘はついてない。
ちょっとの間、にらめっこが続いたが先に折れたのは教官だった。
「今回は信じよう。…今回だけだぞ。」
取り敢えず、朝食には間に合った。
脇でゆっくりと食べていた一哉がこっそりと聞いてきた。
「お前…本当は夜中過ぎまで抜けてたろ？何処にいた？」
「さぁな。」
俺はとぼけると食事を続ける。
なおも聞いてこようとする所に口を挟んだのはさとみだった。
「いいじゃない、何処にいようと。どうせ拓郎の事だからロクな事してないわよ。」
「いや、拓郎のした『ロクでもない事』って云うのが大事な土産話になるんだから、
知っておきたいじゃないか。」
「坂上、知らない方が良いって事もあるんだ。」
「な、なんだお前ら？…何か知ってるのか？」
美沙の奴、墓穴掘りやがった…
朝食も食べ終わった事だし、此処らで話を変えるか。俺は席を立ち、食器を片づ
けながらみんなに云った。
「おい、俺は真子先生に報告しておくから、用意して待ってろよ。慎重にな。」
それだけで判った様だ。各自、バラバラにではあるが食器を片付け始めた。
俺はいち早く食堂を出ると、保健室に向かう。此処には殆ど真子先生が常駐して
いる筈だ。
「真子先生…居る？」
「あら、拓郎君。具合でも悪いの？」
「いや…今日の日程を報告しておこうと思って。」
「ふーん、外に出るんだ。で、誰と？」
「俺と一哉、舞ちゃんと美穂ちゃん、美沙とさとみの６人で午前中海水浴予定。」
「午後は？」
「俺と舞ちゃんだけでやっぱり海。ただし、泳ぐわけじゃない。…門限には戻るよ。」
「やるじゃない、拓郎君。」
「それでお願いなんだけど…。」
「判ってるわよ。他言無用でしょ？その代わり、門限厳守と戻ってきたら記録には
載せるわよ。」
「あ、そりゃ良いよ。出てる最中に邪魔されたく無いからだから。」
俺は真子先生に挨拶を済ませると、部屋に戻り荷物を持って玄関に行く。
「御待たせ。取り敢えず、動き出すぞ。」
俺は玄関で止まりもせず、外に飛び出した。みんなも付いて来る。
巧くいった。特誰に気付かれる事も無く、外に出れた。
適当に宿舎から離れた所で、一応振り返った。
「さて、今日は午前中はしっかり外出許可を取ったから、思い切り泳ぐぞ！」
「おぅ！」
答は元気に帰ってくる。調子を上げて海に向かった。
砂浜で一旦分かれ、貸しロッカーで着替えると、海の家でパラソルを借り、待ち
合わせ場所に向かった。
「拓郎、此処だよ。此処！」
美沙の元気な声が耳に届く。そっちを見ると、四人とも揃っていた。
「おう、パラソル借りてきたぞ。何処に陣取る？」
「あ、拓郎君。彼処にしましょうよ。」
「まだ誰も来て無いみたいだからな。好きに泳げるぞぉ。」
俺はパラソルを立てると、再び四人組を見た。
美穂ちゃんは…花柄のワンピース、腰にスカートまで付いてる。可愛いぞ。
美沙は赤いセパレートか…腰にパレオなぞ撒いて…結構おしゃれだったんだな。
さとみは…黒いビキニ。…こ、こいつ…狙ってないか？スタイルは悪くないから
結構似合うな。
そして、舞ちゃんは…あれ？
「舞ちゃん…折角海に来たんだからさぁ…Ｔシャツは脱ごうよ。」
「だって…恥ずかしい。」
「私達も云ったんだけど…舞、もう観念しなさいよ。」
さとみが強引に脱がす。…う〜ん、云い眺めだ。出来れば俺が脱がしたかったが、
多分、美沙からの蹴り位来るだろう。
「や…やだっ、さとみちゃん辞めて！…判ったから、ね。」
観念したようだ。舞ちゃんがＴシャツを脱ぐ。
し、白い…ワンピース。舞ちゃんの清楚さを現してる様で凄く似合ってる。
「拓郎君…そんなに、見ないで。」
顔を赤らめながら舞ちゃんは俺をたしなめる。
俺は、どれ位見とれていたのだろう。気が付くと、他の四人からは冷たい視線が
飛んで来ている。
「さ…さぁ、泳ごうか！」
俺は兎に角此の場から逃げたかった。海に向かって走り出す。
「逃げたわね。」
さとみの冷たい声も聞こえたが、敢えて無視しよう。
小一時間位しただろうか、海水浴客もそれなりに増え、周りが賑わってきた。
それと同時にナンパ野郎まで来るのには参る。
「拓郎！おい、見ろ！」
一哉が叫んでる。どうしたんだ？
「あの、私達、連れがいますから。」
「良いねぇ…お友達も一緒に遊ぼうよ。」
あら、舞ちゃんに美穂ちゃん…美沙とさとみはどうしたんだ？
兎に角、此処は俺の出番だ。
「彼女の連れは俺だよ。」
「俺達、此処は毎年来てるから、面白い場所も良く知ってるんだぜ？」
ナンパ野郎は俺を無視してまだ云い寄ってやがる。
「此の野郎、彼女から退けと云ってるんだ！」
そいつらはやっと俺を見た。
「何だ？お前は、俺達の邪魔するなよ。」
「拓郎君…！」
舞ちゃんと美穂ちゃんは、俺の背中に隠れる。
「判ったろ？彼女達は俺の連れだ。とっとと別の娘を見つけに行けよ。」
「やかましい！」
ちっ…莫迦が。
舞ちゃん達が後ろで目を瞑ったのが判る。
…俺が「女の子を守る喧嘩」で負ける訳無いだろうに。
…１分と経たずにケリはついた。
数人砂浜に転がってるが、気にすまい。
「舞ちゃん、美穂ちゃん…終わったよ、行こうぜ。」
俺は舞ちゃん達を連れてパラソルの方に歩き始めた。
パラソルに着くと、美沙とさとみ、それに一哉も揃っていた。
「拓郎、お疲れさん。」
「一哉…お前、手伝いにも来ないで見物してたのか？」
「俺が行っても足手まといだろ？だったら見てた方がマシだ。」
「美沙にさとみ、お前らも何処行ってたんだよ？二人が絡まれてたのに。」
「え？本当！？美穂、舞。」
「うん…拓郎君に助けてもらったの。」
「見つけたのは俺だぜ？」
「兎に角、だ。何で別れてたんだよ？」
「御免、先に戻って海の家でジュース買ってたのよ。拓郎にもあげるからさ…」
俺はジュースを受け取ると、座り込んだ。
一心地付くと、缶を捨てる為に立ち上がった。
「ほら、一哉。変な野郎どもが来ないようにシャンとしてろよ？」
「あ、拓郎。ゴミ捨てなら私も行く。」
「いいよ、別に。俺一人で。」
「良いから！行くぞ！」
美沙が強引に付いてくる。どうしたんだ？
パラソルから適当に離れたところで、美沙が話しかけてきた。
「拓郎…お前、何時部屋から出て行ったんだ？」
「えっと…６時半頃だったかな？」
「何も…してないだろうな？」
「何もって、何をだよ？」
「だから…寝顔を覗いたりとか、寝相を見たりとか…」
「あぁ…美沙の顔も可愛かったぞ……」
俺は美沙の蹴りを喰ったのか、頭から砂浜に突っ込んで仕舞った。
何とか、頭を引き抜いた時、目の前にあったのは怒った美沙の顔だった。
「ケダモノ！他の娘も見たのか！？」
「俺が見るのは、美沙だけさ。」
「ば…莫迦野郎！」
今度は拳が飛んできた。腹に一発受けて膝を落とした俺を無視して、美沙は先に
進んで行って仕舞った。
俺もやっとゴミ捨て場に着いて缶を捨てた後、叫び声が聞こえてきた。
「私は、みんなの所に帰るんだから！放っておいてよ！」
「なんだ、お友達もいるの？じゃぁ一緒に遊ぼうよ。」
…今度は美沙か…あいつら、舞ちゃん達を誘ったナンパ野郎ぢゃないか？
趣味の広い奴らだ…兎に角、助けにはいるか。
「残念だったな。そいつも俺の連れだ。」
「なんだテメ…え？」
「拓郎！？」
「また会ったな。つくづく俺の連れと遊びたい様だな…もう一度、やる？」
ほぉ？多少の学習能力は在る様だ。一目散に逃げて行きやがった。
状況が掴めてない様子の美沙に近付いて行った。
「何だよ？」
「助けてやったのに、『何だよ』は無いだろ？」
「お前みたいな奴に助けられても嬉しくない。」
「ってもしょうがないだろう？朝になるまで俺が居なかったら大問題になるだろう
し、丁度起きた時には、まだみんな寝てたんだから。」
「だからって、女の子の寝顔覗いて良いって事は無いだろう！？」
「俺が居た押入のすぐ脇で寝てたのは誰だよ。見なきゃ踏んづけてて、もっと大騒
ぎになったろう？」
「でも私だけ見たって云ったじゃないか！」
「嘘だよ、冗談。一応、その周辺の娘は一通り見たよ。」
「寝顔までか？」
「えっ？…えっとぉ…」
「やっぱり、お前なんかケダモノだ！他の娘には絶対云うなよ！」
云い捨てると、美沙はまた先に進もうとした。
「おい、待てよ。また、ナンパ野郎が来ると面倒だから、一緒に戻ろうぜ。」
「…勝手にしろ。」
俺達が戻ると、残っていた連中もそろそろ時間を見始めた。
「拓郎君？そろそろ戻る準備しないと、お昼ご飯よ？」
「あぁ、そうだね。…じゃぁ、舞ちゃん達は先に着替えてロッカー室の前で待って
てよ。俺はパラソル返してから着替えるから。」
また、二手に別れて行動を開始した。
俺が着替えてロッカー室を出ると、既に５人は身支度を整えており、すぐに宿舎
に向かう事が出来た。
宿舎に近付くと、正門前にボンボンが立ってるのが見える。暇な奴だなぁ…。
此処でバレると午後も行動が面倒臭くなる。また撹乱するか。
「みんな、見えてるとおり正門前に健二が控えてる。此処で悶着が起きると昼食を
喰いっぱぐれる事になりかねない。人数半分に分けて表と裏から別々に入ろう。」
全員でグー・パーのジャンケンをして俺・美穂ちゃん・美沙で１組、一哉・舞ち
ゃん・さとみで１組となった。
「じゃあ俺達が正門から行くよ。」
一哉が先に正門に向かって行った。
「ぢゃぁ、俺達は裏口だな。行こう。」
ボンボンは舞ちゃんが俺と一緒で無い事で安心したのか、ガードが緩い。
俺達も普通に入り、しっかり昼食には間に合う事となった。
俺は一旦部屋に戻ると、支度を整え直して食堂に向かった。
１９９Ｙ・０７・２９（月）
１２：３０
朝から運動したので、結構お腹は減っている。
それはみんなも同じ様で、美穂ちゃんまでがおかわりをした位だった。
無事、昼食を食べ終わるとそれぞれ別れる事にした。
俺はと云うと、舞ちゃんにこれからの事を確認したかったのだが、ハッキリＯ.Ｋ.
を貰った訳でも無いので、これ以上は話さないでおこうと思った。
そうすると約束の４時半、いや俺と舞ちゃんが一緒に消えるとまたボンボンがや
かましいだろうから、俺は４時に此処を出る積もりだが…までは時間が空く事にな
る。
…しょうがない、自習室でも行くかな。
自習室に課題を持って行こうとすると、一哉が俺の前にやって来た。
「おい、拓郎。本当にこれ以上何もしない積もりなのか？」
「何も…とは？」
「この臨海学校だよ！桜木 舞と進展したい。それは、お前の希望だ。止めないよ
…まぁ身分違いは感じるが。でも、折角のイベントでやった事は相原を出し抜きな
がらのオリエンテーリングだけかよ？」
「さぁね…俺は俺なりに楽しんでるぜ？午前中に海にも行ったろ？」
「でもよぉ…」
まだ何か行いたそうだ。そんなに俺に騒いで欲しいのか？
だが、今騒ぐ訳にはいかない。午後の外出がバレたら元も子も無いのだ。
「俺は行くぜ…じゃぁな。」
兎に角、俺はあと３時間は時間を潰さねばならない。
しかし、結局は自習室でも考える事は、さっきの一哉の話の事だった。
…いつの間にか、４時になっていた。そろそろ出るか。
俺は部屋に戻り（丁度一哉は部屋にいなかったのだが）身支度を整えると宿舎裏
口に向かった。
「あれ？舞ちゃん…」
そう、裏口では既に舞ちゃんが待っていてくれたのだ。
舞ちゃんはゆっくりと微笑んでくれた。
「よし、じゃぁ見付からない内に海に行こう。」
俺達は午前と同じ様に、しかし午前中とは少し別の…岩場寄りの所に向かった。
「まだ、夕日にはならないわね。」
夏は日が長い。夕日を眺めてから帰っても門限は破らない自信はあったが、まだ
確かに夕日の時間では無かった。
少しまだ人のいる海岸線を眺めながら舞ちゃんが静かに話しかけてきた。
「拓郎君…。」
「何？」
「私を此処に誘ってくれたのは…何故？」
「そりゃぁ…此処の夕日は…」
「そうじゃなくて…此の『臨海学校』に、よ。」
「………」
当然、この夏に舞ちゃんと今まで以上に親しくなりたかったからなのだが、改め
て聞かれると、答えに詰まる。
「私が拓郎君のお誘いに乗ったのは…拓郎君が私達を楽しませてくれると思ったか
ら…私達に思い出をくれると思ったからなんだけど…間違いだったかしら？」
「うん…俺と舞ちゃんとの思い出は多い方が良いよね。」
「違うの。確かに、オリエンテーリングや夕べの事、今朝の海水浴やこの海岸線…
楽しい事は在ったわ。でも、全て私やさとみちゃん、美沙ちゃん、美穂ちゃんや坂
本君達との思い出であって…『みんな』との思い出とは違うの。」
一哉の云ってる事と同じだ。
「ご免なさい…勝手な事ばかり云って。でも私、今を…後で思い出にしたいの。高
校時代を一緒に思い出してくれる人達との…思い出に…」
舞ちゃんはどんな気持ちで此の言葉を云っているのだろう？
今まで、小学・中学では多分「名家の娘」で打ち解ける友達の少なかった子が、
この「高校時代」に何を求めているんだろう？
確かに、俺は舞ちゃんを好きになり、彼女を判ろうと思っていた。
でも、まだゝ足りない様だ。よし！此処は盛大にやるか！
「舞ちゃん！」
「えっ？」
黙り込んだ俺に…寂しそうに…辛そうに話していた所へ俺がいきなり明るい声で
叫ぶモノだから吃驚した様だ。
「判ったよ、舞ちゃん。今夜、『みんなの思い出』を作ろう！これから、準備に付
き合ってくれる？」
「えっ？え…ええ！有り難う！」
俺の云いたい事が判ってくれた様だ。嬉しそうに微笑む（舞ちゃんは此の笑顔じ
ゃなきゃ！）
「ただし、夕日が沈む頃にはまた、此処に戻って来ようね。」
「えぇ…もちろん！」
俺は先ず、玩具屋を巡った。…駄目だ、一寸インパクトが低すぎる…。
「何をするの？」
「まぁ見てなって。すぐ判るよ。」
俺はにこやかに舞ちゃんに答える。
最後の玩具屋で思い切って聞いてみた。…俺は運が良かった。
その玩具屋の店主が話を付けてくれ、俺はある職人を案内されたのだ。
「拓郎君…此処は？」
「来てみれば判るよ。」
俺は、その職人の家に入って行った。
「此処は…！」
舞ちゃんは驚いている様だが、俺は構わず中にいる職人に願い出た。
「突然で申し訳在りません！花火を俺に打たせて下さい。」
「な…なんだぁ？お前ぇは？」
「俺…僕は、此処から十数分の所に臨海学校に来ている高校生です。今晩、花火大
会をやりたいので、俺…僕に花火とその打ち方のノウハウを…下さい。
それも…６時迄に！」
「花火と打ち方ぁ？お前ぇ正気か！？餓鬼は玩具屋で買ったので遊んでろぃ！」
「確かに、親方の云うとおりだと思います。俺達餓鬼が遊んで良いのは玩具の花火
でしょう。でも！それじゃぁ在り来たりの思い出にしか成らないんです。！
俺達には、俺達だけの思い出が欲しいんです。此の通り！！」
俺は入り口の土間に額を擦り付ける様に土下座した。
舞ちゃんも俺の行動に吃驚している。
俺を案内してくれた玩具屋の店主が親方に何か耳打ちした様だ。
「フン…で、お前ぇに花火と打ち方をくれてやって、儂には何の得になる？」
「少なくとも、俺達５０人の思い出に残ります。多分、俺達が一丁前の大人になっ
て、子供が出来たら、その子にも伝えられる様な…そんな誇りに出来る様な思い出
に！！」
「よぉし！その物言い、気に入った！６時までと云ったな。お前ぇに教えてやる。
さっさと来い！」
「有り難う御座います！」
「嬢ちゃんも、来るかい？」
俺は、親方から指導を受け、練習させて貰った。（尤も、本物を打つのは許して
くれなかったが。）
「お前ぇ…なかなかスジが良いじゃねぇか…卒業したら、弟子入りしねぇか？」
「それは…まだ判りません。」
「ばぁか…そぅ云われたら『はい！喜んで』とか云うモンだ。特別扱いしてもらっ
てんだからよ。」
「でも、親方。俺が見えゝでそんな事云っても、嬉しか無いでしょ？」
「…高校生にしとくにゃ惜しいな。益々気に入った！今からでも弟子入りしねぇ」
「だから、判らないってば！」
そろそろ６時近い。夕日が傾く頃だ。
「おぅ、一通り教えたぞ。大分端折ったがな。」
「有り難う御座います！」
「まぁ…儂の云いつけを守れば事故は無ぇと思うが…よし、儂も付いて行こう！」
「えっ！？」
「高々、学校行事の思い出作りの為だけに、彼処まで真剣に打ち上げ方を憶えよう
としたお前ぇに免じて、本当に花火をくれてやる。しかし、まだ打てる技術には足
りねぇ…だから、儂も付いていくと云ったんだ。」
「は…はい！有り難う御座います。…ただ。」
「ただ、何でぃ？」
「ただ、俺は学校側に黙って企画してます。大げさになると…一寸。」
「フン…そんな事は最初から判っていたわい。」
「えっ？」
「学校からの願い事なら教師が来るろう？餓鬼が来たって断られるだけだからな。
俺も最初は在る程度教えれば逃げ出すか、逃げなくても遊び半分や憶えが悪けれ
ば途中で放り出そうと思っていた。が、お前ぇにも見所はあるし、真剣ぢゃねぇか
…最後まで乗ってみるのも悪かぁ無ぇや。」
俺は有り難く礼を云うと、宿舎への場所（当然、裏口だが）と時間（９時過ぎ）
を願い出て親方の家を出た。
「拓郎君…凄い。」
「舞ちゃんにもお願いが在るんだ…」
「何？出来る事なら何でも！」
「じゃぁ…先ず、海まで走るよ！」
俺は舞ちゃんの手を強引に握って海岸線まで走って行った。
海岸線に付くと、丁度、夕日が沈む頃だった。
「綺麗…本当に」
舞ちゃんも走ったせいで息は荒かったが、水平線に沈む夕日を見る事で、それす
らも忘れている様だった。
夕日が完全に沈むと、そろそろ時間だ。
「舞ちゃん…もう一つ…いや、二つかな？お願いが在るんだ。」
「何？拓郎君。」
「先ず…花火持つの手伝ってくれない？」
「うん！」
「もう一つは…親方との事は俺の前以外では忘れてくれ。」
「何で？」
「だって…いきなり土下座までして…俺はそんな所、人前で見せたくないんだ。」
「どうして？格好良かったわよ。そこまでして、頼んでくれたのだもの。私の我が
侭の為だけに…」
「でもね。俺は『何でも出来る奴』で居たいのさ。見栄だけどね。舞ちゃんの前以
外では…俺、舞ちゃんには本当の『何も出来ない餓鬼』を知って欲しいけど、他の
奴らにはスーパーマンで居たいんだ。」
「うん…判った。有り難う…」
「礼を云うのはこっちさ。さぁ花火を買いに行こう！」
俺はさっきの玩具屋に行くと、礼を云って花火を大量に買った。
「そろそろ、門限だな…裏口で一度、この花火を隠しておこう。」
「ええ。」
俺達は、裏口で花火を隠すと外を回り正門から入って行った。
「拓郎！貴様、こんな時間まで舞と何をしていた！」
「さぁね…さって、晩飯バンメシ！」
ボンボンを無視して食堂に入ると、一哉が先に食べていた。
「一哉…」
「何だよ？」
「機嫌直せよ、今夜の行事が決まったんだから…」
「何？何かするのか？」
丁度、舞の事を心配していた美穂ちゃん、さとみ、美沙も舞ちゃんから話を聞い
ていた。（もちろん、打ち上げの事はまだ内緒だ）
俺も花火大会を一哉に耳打ちし、２０：３０からと云う時間を告げ、全員に（当
然、教職員には内緒だ）伝令するように伝えた。
夕食を食べた後は大急がしだった。
取り敢えず、手伝いを申し出てくれた美沙、さとみに水バケツを数個用意させ、
舞ちゃん、美穂ちゃん、一哉は各部屋に通達だ。俺はと云えば、隠して在る花火を
校庭の中央に移す作業を開始した。
さて、そろそろ時間だ。みんな校庭に集まった様だ。
「何ですか？これは！…拓郎君ね！？」
「拓郎！何の積もりだ！？」
教官と、唯一誘われなかったボンボンが文句を云いに来る。
「はい、これから花火大会でもやろうかと思って。」
俺がシラッと云うから教官は全員唖然とする。ボンボンが何か云い出そうとする
が、その前にすかさず援護を出すのは真子先生だ。感謝！
「良いじゃないですか。自分達でバケツも用意した様ですし、その代わり、私達も
楽しませてね。」
そこまで云われたら他の教官も賛同するしかない。
元々が、こんな企画の引導を担当する位だ、俺の莫迦騒ぎが好きな教官ばかりが
集まっているのも幸いした。
俺は２〜３０分、は普通の花火大会を楽しんだ。
カサカサッ…
裏口で音がする。親方が来てくれた様だ。
俺はさりげなく裏口に向かう。舞ちゃんは気付いた様だが、他の連中に気付かれ
ない様にフォローしてくれた。
「おぅ坊主、来てやったぜ。チト小さいが、此処でならこれで充分だろう。５寸玉
だ。」
「親方、有り難う御座います。数分したら、もう一度来ますのでよろしくお願いし
ます。」
それだけ云うと、俺は校庭の上座に駆けて行った。
「お〜い！！聞いてくれ！！」
何度か叫び、全員が俺を注目した。
「そろそろ、花火も無くなって来た事だし、本日最後の催しを始めたいと思う。
みんな！全部の火を消して屋上に向かってくれ！」
俺はみんなが火を消して校舎にはいるのを確認すると、残りの花火が無いように
点検した。うん、大丈夫だ。
俺も校舎に入り込み、メガホンを一つ失敬する。
再び校庭に出て上を見ると、舞ちゃん達がが大きく合図している。準備完了だ！
「じゃぁ俺からのプレゼントだ！この『臨海学校』最後の夜を記念して、よっく空
を見ろよぉ！一回切りだからなぁ！」
屋上がざわめく。そりゃそうだ。舞ちゃんしか知らない最後の催しがあるんだか
ら。…数十秒後、屋上は舞ちゃんの誘導で静かになった様だ。
俺は親方の所に走ると、玉を受け取った。
「おぅ…打って見ろ。危ないと思ったら、すぐ水ぶっかけてやるからそう思え！」
親方がセットしてくれた筒を確認すると、玉の導火線に火を付け、筒に入れる。
「そうだ！すぐ戻れ！此処だ！」
筒から丁度死角になる所に逃げ込み、様子を見る。
…シュポーン！
「よし！良くやった！巧く上がったぞ！」
親方の声を合図に俺は上を見る。
パーン！
綺麗に広がる大輪の花だ。
屋上からも歓喜の声やかけ声が聞こえて来る。
「おぅ…それじゃぁ儂は帰るぜ。」
「親方…みんなからの礼を受け取ってくれよ。」
「良いんだ…儂も良い思い出を貰ったからな…アリガトよ。」
俺は親方の消えた方向にずっと頭を下げていた。
「拓郎君！これはどういう事ですか？」
「一寸…職人の親方にお願いしてね。」
何て事を！と唖然としている一部の教官を尻目に、真子先生だけが反応してくれ
た。
「…お礼、しなくちゃね。」
「真子先生…それはいいんだ。親方も職人として俺の無茶を聞いてくれたんだもん。
お礼は俺がしたから…学校からのお礼は、しちゃいけないんだ。」
「そう…そうね。」
俺はみんなが降りてきた所で一言叫んだ。
「今夜は俺に付き合ってくれて有り難う！明日は帰る予定だが、良い夏休みを迎え
ようぜ！」
オゥ！と大きな声でかけ声が返ってきた。
舞ちゃんも…本当に嬉しそうだ。涙まで流している。
結局、俺の処分は２学期が始まってからと云う事で、今日の所は消灯となった。
１９９Ｙ・０７・３０（火）
１０：３０
昨日のドンチャン騒ぎの興奮も冷めやらぬまま、朝を向かえた。
朝食を食べると、帰宅準備を始める。
「あ、拓郎君。一寸、良いかしら？」
よしこ先生が話しかけてきた。
「はい？良いっすが？」
「一昨日のオリエンテーリングですが、貴方達が優勝になりますので、昼食時に簡
単な紹介をしますから、桜木さん達に話しておいて下さい。」
あ、そう云えばそんな事も在ったっけ…
俺は女子部屋に向かった。
「舞ちゃん、美穂ちゃん、美沙、さとみ、いるか？」
「拓郎君？どうしたの？」
「うん、昼食の時にオリエンテーリングの表彰をするって伝えに。」
「あ、やっぱり優勝だったの？」
「そりゃそうだろぅ？全部見つけたのは俺達だけだそうだから。」
「ま、ね。判ったわ。有り難う。」
「じゃぁ昼食時に。」
俺は男子部屋に戻り、一哉にも伝えておいた。
粗方、荷物が整うと、既に昼食の時間になっている。
少し早いが食堂に行って仕舞おう。
考えればこの「臨海学校」最後の食事だ。さぞ豪勢なモノを…用意して在るわけ
無いか。まぁこの５日間、まぁまぁ旨かったけどね。
「あら、拓郎君。荷物の整理は終わったの？もう３時には出発よ？」
「あぁ、真子先生。男はそんなに身支度なんかに気を使わないからね。」
「そうでも無いかもよ？隣を見てご覧なさい？」
えっ？隣って…一哉か？
…何だぁ？妙に、こざっぱりとしてやがるが…
「一哉。昼メシ喰うのに、なに気取ってるんだよ？」
「別に昼メシ喰うのに気取ってるわけぢゃ無いよ。先負到着時刻にくるみが来てく
れる筈なんだ。一寸位決めても良いだろう？」
「へっ…彼女持ちだからって、良い御身分だな…」
何も云う気も失せた。好きにしてくれ…。
等と話してる内に全員揃った様だ。
「今日の昼食は食べ終わっても話す事がありますので、残って下さい。」
よしこ先生が注意して、昼食が始まる。
在る程度の人が食べ終わった頃だろうか、教官連中が横に並ぶ。
「まだ食べてる人は、取り敢えずそのままで結構です。先日行いましたオリエンテ
ーリングの結果を発表しておきます。優勝は拓郎君、坂本君、黒川さん、桜木さん、
鈴木さん、田中さんの６人組。全てのポストを調べてきました。…少し、遅刻気味
でしたけどね。」
周りの連中から囃し声が聞こえる。
俺は、それに乗って立ち上がり一言、シャウトした。
「Ｔｈａｎｋ ｙｏｕ！」
盛り上がりかけた所でよしこ先生の注意が飛ぶ。
「はいはい、静かに！引き続き、注意事項にはいります。
御存知の通り、此の臨海学校は今日で終わります。３時になったらバスが出発し
ますので、それまでに荷物を整えて校庭に集合して下さい。忘れ物の無い様に。」
各自解散して、荷物の整理を再開する。
俺は既に終わっているので、荷物を持って校庭に出て仕舞った。
校庭には舞ちゃんが既に待っていた。
「舞ちゃん…荷物の整理終わったの？」
「あ…拓郎君。うん、終わった。あんまり持って来なかったから。
…拓郎君。良い思い出になったわね。」
「うん。面白い５日間だったよ。最初は自習室に一日篭もっちゃって、どうなるか
と思っちゃったけどね。」
「あはは…何を考えてたの？」
「もう…済んだよ。舞ちゃんと、夕日を見たいと思ってたんだよ。綺麗だったね。」
「うん…綺麗だった。」
俺は思い切って話してみた。
「行きは駄目だったけど、帰りこそ隣に座ろうよ…。」
「え？…でも…。」
舞ちゃんは一寸固い様だ。どうしたんだろう？
「俺さ…１００ｍ歩くのに６６歩で済むんだよね。」
「え？…ええ、そうだったわね。」
「舞ちゃんまでは…何歩分歩けば着くのかな？俺、一所懸命歩くよ。」
「拓郎君…。」
舞ちゃんは黙って仕舞った。
「おい、拓郎。」
此の声は…美沙か？
振り向くと、確かに美沙だ。隣に美穂ちゃんもいる。
「帰りは、私が舞の隣なんだから、ちょっかい出すなよ。お前には勿体無いけど、
美穂の隣を貸してやるから。」
「み…美沙ちゃん。」
舞ちゃんも美沙を見て笑いかけている。しょうが無いか。またボンボンが隣でな
いのが救いだ。
「美穂ちゃん、隣…良い？」
「う…うん。喜んで。」
俺は４時間、美穂ちゃんと楽しくバスに揺られる事になった。
先負高に着くと、最後の点呼が終わり、解散になる。
「有り難う…拓郎君。」
美穂ちゃんは一言云うと、美沙と一緒に帰って行って仕舞った。
「５日間、有り難う。それと…私も…拓郎君に…って…歩き…」
舞ちゃんも帰る。最後の方が聞こえ無かった。なんて云ったのかな？
「拓郎…何時か、決着を付けてやる。ま、勝負は見えてるがな。」
ボンボンも…とっとと帰れ。
「じゃぁ、拓郎。私は『おてぃむてぃむ』でバイトが在るから。良い夏休みを。」
さとみも帰って行った。これからバイトか…元気な奴だ。
「さて、拓郎？約束は果たして貰うぞ？」
一哉がいきなり方を叩いてきた。
「何の事だ？」
「２日目に云ったろ？桜木 舞と一緒にさせてやるから…」
「一哉さん、拓郎さん。お帰りなさい！」
くるみちゃんが駆け寄ってきた。
「一哉…何を頼んだっけ？」
「拓郎…お前…」
一哉は何とも情けない顔になった。からかい過ぎたかな？
「冗談だよ、判ってる。後で連絡いれるからよ。」
俺も公民館を借りる事を考えながら、帰途に着いた。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
ある時、在る場所で…
女の子が一人、電話に向かっている。
受話器からは…声が聞こえてる。女の子の声だ。
『まったく…舞と拓郎が一緒にいると恐いって云うから、手伝ってあげたのに…ど
うしたのよ？一体。』
「うん…ごめんね、さとみちゃん。」
『うん、ごめんね。じゃ無いわよ。結局、舞は拓郎と二人になったみたいだし。』
「うん…。本当にごめん。」
『良いわよ、もう。心配した事にはならなかったんでしょ？大体、何を心配してた
のよ。』
「えっと…」
『確かに、拓郎は普段フザけてるけど、真面目に云ってくれる娘には、真面目に答
える位の義理はわきまえてるわよ。』
「判ってる。でも…」
『まぁ良いわ。これからは貴方の問題だからね。もう切るわよ、舞。』
「本当に有り難う…さとみちゃん。」
舞は受話器を置くと、自室に帰って行った。
「だって…拓郎君と一緒にいると、此れ以上好きになると…どうなるか、恐かった
んだもん。」
『舞ちゃんまでは…何歩分歩けば着くのかな？俺、一所懸命歩くよ。』
私も…拓郎君に向かって…歩きたいのかな…。
この会話及び舞の想いは、既に臨海学校後の夏休みに入った後の話なので、拓郎
は知らない事となる。
Ｆｉｎ or ｔｏ ｂｅ ｃｏｎｔｉｎｕｅｄ
二次創作部屋目次に戻る トップに戻る