勧誘戦線異常有り？
１９９Ｘ・０４・１７（月）
０８：３０
「イキナリ置いて行かれた感じだなぁ…」
俺、拓郎。…自己紹介は…以前やった筈だ。入学早々に起こした一寸した悪戯が
職員室の連中の御気に召されたようで、４日間の特別休日を貰った。
今日は、その休日が開けた初日なのだが、入学直後の３・４日間は学校生活では
大きい。その期間に、大体の「仲良しグループ」みたいなものが出来上がり、取り
残された奴は、次の目標「クラス替え」まで耐えなければならない。
尤も、俺はツルむ事自体好きでは無いので、痛くも痒くも無いのだが…
「おっ？着たな、拓郎。オス！」
教室には行って来た俺をいち早く見つけ、声をかけてきたのは坂上一哉だ。
こいつも入学式の一件で俺を気に入ったらしい。俺としては、女の子に名前を憶
えて欲しかったのだが、悪い奴じゃ無さそうだし、まぁ良いか。
「よぉ、一哉。オス！良く憶えてたな。」
「冗談じゃ無い。忘れるかよ。お前の名前は学校中で知らない奴居ないぜ？多分。」
「たったあれだけでかぁ？それこそ冗談みたいだな。」
「お前なぁ…入学式で生徒会長の代わりに自己紹介して、式全体をパニックに堕と
したのが『たったあれだけ』かぁ？…やっぱり、お前と居れば退屈しそうに無ぇや」
「俺は、此の四日間で会えなかった女の子との親睦を深めるのに忙しくなりそうな
んだから、年中お前と居る訳にも行かないんだぜ？」
「当たり前だ。俺だって、男より女の子と居た方が楽しい。ま、頑張れや。今日か
ら部活勧誘も始まるしな。女の子が多い部でも覗くか？」
「そうか…今日から部活勧誘か。何か出来そうだな…」
「何が出来そうなんですって？拓郎？」
後ろから、さとみが割り込んできた。俺の幼なじみで、中学の時転校した筈だが、
高校で再会して仕舞った。俺の過去の悪戯を一番知ってる女である。
「いや？別に…」
今の所、俺もまだ何が出来るか考えついてもいない。
「どうせまた、変な事考えてるんでしょ？別に、止めはしないけど、私に迷惑かけ
ないでよね。」
「別に変な事じゃないさ。楽しい事をするのさ。それに、お前に迷惑って何だよ？」
「貴方が変な事ばかりしてると、幼なじみとして、私の人格まで疑われるの。それ
だけは避けてよね。」
…お前も一緒に楽しんだ事もあるじゃないか…等とは大きな声では云えない。さ
とみに関しては強みよりも弱みの方が遥かに多いのだ。
「さぁて、どうするかね。兎に角、部活勧誘ってのが、どんなものか、見てみない
とな。」
「じゃあ、俺も付き合うぜ。何か楽しい事でも起きるかも知れない。」
さとみとの云い合いを聞いていた一哉が口を出してきた。今日は様子見だ。別に
邪魔にはならないだろう。
放課後、校庭には各部代表者が新入生を勧誘しようと自分の所属部を宣伝してい
る。…思ったより盛況だ。学力の高い優等生学校だから、そんなに部活等には力が
入って無いかと思っていたのだが…
「これも、お前のせいだぜ？」
一哉が笑いながら云って来た。
「どういう事だ？此の連中の殆どを俺は知らんぞ？」
「お前が起こした入学式騒動。あれで、各部にいたお祭り連中が触発されたらしい
ぜ。事実、去年まではこの連中の三分の一も居なかったらしいし。」
結構、一哉は情報屋らしい。しかし、なるほど…この状況は利用しないテは無い
な。さて、どう料理するか…
等と考えてる内に、辺りがざわめいて来た。どうも、俺が注目を浴びてる様だが？
「どうしたんだ？」
「あのぉ…もしかして、１−Ｂの拓郎君？」
上級生らしい女の子が俺に話しかけて来た。
「そうですが？」
何が何だかさっぱり理解らん。俺の名前を確認すると、周りのざわめきが一層強
くなった。
「俺が何かしたのか？」
「あ、ご免なさい。貴方が新入初日に伝説を作った拓郎君ね。今日から部員勧誘日
なんだけど、吹奏楽部に入らない？」
「何で俺が吹奏楽なんだ？未経験者だぜ？」
「経験の有る無しじゃなくて、貴方を勧誘する理由は３つ。一つは、今その状態だ
けど、集団の目を一斉に受けてるでしょ？人の目を向けさせるって一つの才能よ。
二つ目が計画だけならともかく、実行して仕舞う行動力。最後は、随分目立った真
似したでしょ？ウチの部にいるだけで宣伝になると云う事。判った？」
なるほど、理解はした。俺は人寄せパンダに絶好だと云う事だ。
それならば、此の状況を利用して、どんな悪戯をやっても構わないだろう。
俺を使うメリットだけを考える様な輩に情けは要らねぇ。
此の一週間で何かを起こす決心を新たに、今日の様子見は終わらせる事とした。
１９９Ｘ・０４・１８（火）
１２：２０
翌日、昼休みに舞ちゃんを誘って屋上に行った。
舞ちゃんも停学中の俺を心配してくれていたらしい。嬉しい限りだ。
｢拓郎君。お話ってなにかしら？」
「うん。大した事じゃ無いんだけど、舞ちゃんは、部活とかするの？」
「え？ええ。もう、入部する所も決めてるわ。」
「何処だか、聞いて良い？」
「え？一寸…恥ずかしいから、ご免なさい。でも多分、後で判るわ…」
一寸、頬を赤らめて屋上から消えて行って仕舞った。後ろから、聞き慣れた気障
ったらしい声が聞こえる。
「拓郎とかいったな。貴様、まだ舞にちょっかい出してるのか？貴様の様な野蛮な
庶民に舞は釣り合わないと何度云えば判るんだ。物わかりの悪い奴め。念の為にも
う一度云っておく。舞に手を出すな！」
「また貴様か、源氏。貴様に云われる筋合いでは無い事も、何度も云ってるのに理
解らん様だな。俺のやる事に口を出すな！貴様には関係ない！」
「僕の名は健二だ！源氏では無い！」
莫迦が…一人で腹を立てて帰って行きやがった。この間の一件で、直接腕力で抑
える事が出来なかったもんだから、俺が舞ちゃんと居ると必ず何か云って来やがる。
しかも、俺が動きそうになると、逃げて行くのだから始末におえない。
放課後、俺はもう一度部活勧誘を見に行った。
今日は、昨日ほど注目されてない様だ。聞きたい事を聞いてさっさと帰ったのが
原因だろうか？まぁ良いや。
おや？見覚えの在る娘が困ってる様に見える。一寸、近づいてみよう。
「あの…私、別の所に…」
「え？あぁ良いって良いって。ウチに入ろうよ。面白いからさ。」
…断られてるのに、図々しい。一寸、助けるか。
「おい、嫌がってるじゃないか。それ以上は止めとけよ。」
「あ？お前一年か？上級生に対する態度かよ、それが。」
「上級生を名乗りたかったら、もっと話してる相手の事考える位の常識を持っとけ
よな。」
「なんだと！？」
俺に殴りかかりに来た上級生を見て、誘われてた女の子は悲鳴を上げかけた。
が、周りの部の連中に取り押さえられてしまった。
「くっそぉ…憶えてろ！一年ボーズ」
「俺に憶えておかせて良いのか？」
「なんだと！」
また、勢いづいた上級生に、周りから抑えてる連中が注意する。
「おい！彼奴が誰だか理解って喧嘩売ってんのか？」
「誰って…一年ボーズだろ！」
「只の一年じゃ無ぇよ。１−Ｂの拓郎だぞ。噂では、柔道部の主将を一発だったっ
て話だぜ」
ほほぉ…この間、ボンボンがけしかけた『先輩』ってのは、柔道部主将だったの
か…確かにそんな体付きだったな。しかし、何故、そっちの方まで知ってるんだ？
入学式の一件は、ワザとやった事だから、知られて当然だが…
「柔道部の連中が『拓郎には手を出すな』って云って来てたぜ…」
納得、後で敗者復活戦があるか、それとも、これ以上争いを好まないか…どちら
にせよ、良い判断だ。頭の巡りが早い主将で良かった。
その話を聞いてた上級生は急に勢いを無くして引っ込んで仕舞った。
まぁ、良いや。俺は喧嘩しに来たんじゃ無い。女の子を助けに来たんだ。
振り返えると、びっくりしたような顔で俺を見ている。桃色の髪、黄色いリボン。
舞ちゃんと違うのはその髪が両脇に束ねられて綿菓子みたいになっているという事
だ。顔は一寸幼い感じがするが、充分可愛い。此処に来て未だハズレが居ないのは
非常に嬉しい事だ。
「大丈夫？美穂ちゃん。…新入部員が欲しいのは判るが、強引なのは一寸な…」
「えっと。有り難う御座います。え？…私の名前…」
「俺と同じクラスなの知ってる？俺、拓郎。」
「ええ、知ってます。でも、先週まで…」
「ああ、通い始めたのは昨日からだけどね。入学式の日の自己紹介があったでしょ？」
「あの時、憶えててくれたんですか？」
「当然さ、可愛い娘は会ったその時に憶える事にしてるから。」
「やだ…」
「兎に角、ケチも付いちゃったし、今日はもう下校しない？ついでにお茶して行こ
うよ。気分落ちつけるのにさ。」
「え？…でも…」
俺は、未だ迷ってる様子の美穂ちゃんの手を握って強引に連れ出して仕舞った。
美穂ちゃんも気分的には迷ってる様だが、断る様子は見えない。
学校を出て、真っ直ぐ喫茶『おてぃむてぃむ』へ向かう。さとみの親戚が経営し
ているそうだが、落ち着いた雰囲気でコーヒーも旨い。
「あら、拓郎ちゃん。いらっしゃい。女の子連れなんて妬けちゃうわね。」
｢美穂ちゃん、何にする？おごるよ。」
「え？何でも良いです…」
何だか、美穂ちゃんの顔が赤いように見えるなぁ…まさか、此処まで手を握って
来たのが原因かなぁ…
「マスター、コーヒーと…紅茶、お願い」
「拓郎…美穂をこんな所に連れ込んで、どうするの？」
「へ？…っ！！！」
お盆抱えたさとみが、冷ややかな目付きで俺を見ていた。
「本当に、昔から変わらないわね。節操が無いったら…」
「やぁ、さとみ。どうしたんだ？こんな所で。手伝いか？」
「そんな事より！今度は美穂に何する気！？」
…あ、段々目付きの冷たさが増して来た…困ったもんだ。
「別に、何もしないよ。学校で、絡まれてた所を助けたんで、落ち着く為に来たん
だよ。」
「美穂、本当？」
「うん、本当。学校でしつこい勧誘に会っちゃって…拓郎君に助けて貰ったの。」
ほっ。美穂ちゃんがしっかり答てくれたおかげで、さとみも納得したようだ。
何故、女の子連れて喫茶店行くだけで、こんなに焦らなきゃならんのだ？
「そんな事より、何でお前が此処でお盆持ってんだ？」
「あたし、此処でアルバイトする事にしてたの。拓郎も此処気に入ったみたいだっ
たし、変な事させない様に見張り役もも兼ねてね。」
「ちぇっ…信用無ぇな…」
「貴方の幼なじみとして、信用なんて言葉は捨てました。」
「判ったから、もう下がれよ。注文もしたんだし。」
「判ったわよ…美穂にも、変な事しちゃ駄目よ。」
さとみが、カウンターに退くのを待って、美穂ちゃんに話しかけた。
「大変だったね。落ち着いた？」
「ええ、有り難う。」
「何か行きたい部が決まってた様だけど、良かったら聞かせてくれる？」
「うん。実はね…放送部に入ろうと思うの。私、人前に出るの駄目な性格だから…
治そうと思って。」
「ふ〜ん。俺みたいに目立ちたがりの奴には判らない悩みかもな…兎に角、頑張れ
よ。ついでに、明日一緒に放送部、覗いて良い？」
「え…、うん。良いわよ。」
あれ？…また美穂ちゃんがほんのり赤くなった気が…此の娘も此の娘で可愛いな
ぁ…等と思ってる所で、さとみがお茶を持って来た。
「ふ〜ん、貴方、放送部に興味が在るとは思わなかったわ？どっちかと云うと、放
送設備に悪戯する方じゃない？」
いきなり確信を突かれて仕舞った。入学式の時は、講堂の設備しか見てなかった
から、校舎の設備を確認しておきたかったのが本音だった。
当然、この美穂ちゃんも可愛いし、また今日みたいな事が無いよう守ろうという
思い（ついでに、もっとお友達になろうとの下心）も在るのだが…
取り敢えず、明日の放課後に放送部へ一緒に行く約束をして、美穂ちゃんを家ま
で送り、俺も家に帰った。
１９９Ｘ・０４・１９（水）
１５：２０
何時もの通りに授業が行われたが、放課後が待ち遠しい事しか憶えていない。
しかし、イキナリ停学喰らった人間が復学最初の週に惚けてて良いのだろうか？
まぁ、何とかなるか。
待ちに待った放課後、俺は美穂ちゃんの席に行ってみた。
「じゃぁ、行こうか？」
「うん。お願い。」
一寸赤くなった顔でお辞儀されると、こっちが照れる。
そこに目敏く一哉が茶々を入れるから余計目立って仕舞った。畜生、一人で居る
時ならともかく、女の子と一緒の時に目立って、これからの行動が制約されたらど
うする積もりなんだ？
「よぉ！もう新しい女の子引っかけたのか？」
此の一言で、美穂ちゃんは更に赤くなる。
俺はとっさに舞ちゃんの席を見た…あ、目が合っちまった…
彼女の顔は…微笑んでいた。目を除いて（目は何となく寂しさが見て取れたのだ
が…気のせいだろうか？）
俺は一寸ムキになって、一哉に訂正させた。
「俺はそこまで手は速くない！別にこの娘とはまだ何もない！」
「まだ？…ってことはこれからかぁ？」
…墓穴を掘った様だ…舞ちゃんは、席を立って帰って仕舞った。…美穂ちゃんは
更にもっと赤くなって、完全に真っ赤だ。
「貴様！今度は美穂を毒牙にかける積もりか！貴様の様な庶民に見合う女性など居
ないという事が、まだ理解らんのか！とっとと美穂から離れろ！」
「貴様も、俺の事しか見てない様だな、勘次。俺にはそんな趣味は無いから他を当
たってくれ。貴様如きの相手してる暇は無いんだ。美穂ちゃん、行くよ。」
廊下に向かう前に「付いて来るな」と釘を指しておいたので、ボンボンはもう大
丈夫だろう。念を押した俺に逆らうような事は出来無い筈だ。
一哉は、ボンボンに押されて下がって仕舞った様だ。まぁ、付いて来られるより
良いか。（ボンボンは男には徹底的に嫌われてるな。）
校庭に着くと、昨日の一件を知ってか、俺に対する態度が昨日にもまして遠巻き
になっている。
今回は美穂ちゃんのボディガードとしては、その方が都合が良いのだが、此処ま
で敬遠されると悪戯も出来なくなる。ま、別に部活なんか入ろうとも思わんが。
俺達は放送部の勧誘まで行き、挨拶をした。
「此処が放送部っすね？」
「は…？はい！そうです！」
勧誘員はビク付きながら答える。…別に、俺はのべつまくなしの喧嘩小僧じゃな
いんだが…何でそこまで恐がられるのだろう？
「俺は別に向かってくる奴しか相手しないんだけど…美穂ちゃん、俺ってそんなに
恐い？」
「うぅん…とっても優しいよ」
…聞き方間違えたかな…返って照れるわ…
「別に何もしませんって！入部希望者１名と見学希望者です。」
「へ？にゅうぶ？あ。入部ね！はい。で、どっちが入部希望者？」
「私…です。１年Ｂ組鈴木美穂です。」
「ふんふん。じゃ、拓郎君は見学希望者ね。放送室に誰か居ると思うから自由に見
学して良いよ。ただし、入学式の時みたいな細工は無しね。」
「あはは…やっぱ、駄目？」
結構、見透かされてるなぁ…まぁ、しょうがないか。今日は、機材の見学だけに
しておこう。
俺は入部手続きをした美穂ちゃんと、放送室に向かって行った。
放送室でも俺を待ち受けていたのは誤解の嵐だった。美穂ちゃんの説得と敵意の
無い俺の態度で誤解は解けたが、これから大変な気がしてきた。
ふむ、此の誤解を解く為の悪戯と云うのを考えねばならんかな…
見学したところ、講堂の機材とさして変わらず、細工は思い通りに出来そうな感
じだ。何時でも使えるだろう。鍵も普段開いてるそうだし。
機材の見学を終えた俺は、部活の説明を受けてる美穂ちゃんを残して、校庭に戻
る事にした。
校庭で舞ちゃんを捜して、誤解しているならば説明しようと思っていたのだが、
そうそう見つかる訳も無く、無駄に時間を過ごして仕舞った。
結局判った事と云えば、俺は喧嘩っぱやい乱暴者であるとの「噂」（柔道部主将
の一件と昨日の喧嘩擬きだろう）と、昨日の真実を知ってる「周りに居た」連中の
賞賛が入り乱れてるという現状だけだった。
部活の勧誘時間も終わり、各部の片付け始める音が聞こえ始めた。しょうがない
から帰ろうとした時、美穂ちゃんが俺の鞄を持って来てくれていた。
美穂ちゃんは俯きがちに「今日のお礼」といって渡してくれた。
俺も照れてしまったが此の時間だ、美穂ちゃんを家に送って帰る事にした。
１９９Ｘ・０４・２０（木）
１２：２０
朝、遅刻ギリギリの登校だったので、舞ちゃんと昨日の話が出来なかった。
どうしても昨日の目が気になった俺は、昼休みにまた屋上まで話に来た。
｢お話って…なにかしら？」
「う…うん、昨日の放課後の話なんだけど、教室出る前。俺と美穂ちゃんが一緒に
いる時に、俺の方見てたでしょ？あの時、寂しそうな感じがして…どうしたのかな？
…って。」
「あ…あれは、…何でもないの。私の我侭だから…ご免なさい。心配かけて。」
舞ちゃんは一層寂しさを感じさせながら走って行って仕舞った…これは完全に誤
解してるな…何とかせねば。
しかし、それからというもの、舞ちゃんは俺との接触を避け始めた。
話しかけようと振り向くと席を立ち、追いかければ逃げていく。どうしようも無
い状態だ。その上、ボンボンが此処ぞとばかりに俺を莫迦にし始めた。
「貴様、舞に見放されたという事がまだ理解らんのか！勘の鈍い奴め。元から貴様
と舞では不釣り合いだったのだ。それに舞もようやっと気付いたようだ。舞にして
は遅かったが、貴様も此れ以上舞を追いかけるな！迷惑だ！」
「そんなに俺に喧嘩を売りたいのか？伝次！今なら買ってやるぞ！」
凄味を効かせて振り向いてやった。
「僕の名は健二だ！…暴力でしか解決しようとしない野蛮な奴はこれだから困る。」
…等と云いながらもジリジリと後ずさってるのが判る…情けない奴だ。買われた
くない喧嘩なら最初から売るな。
面倒臭いので向かっていくフリをしたら、案の定逃げて行った。
兎に角、ボンボンを相手にしている暇はない。明日で一応の勧誘週間が終わるの
だ。部活自体には俺は興味は無いが、興味のある奴は此の時期に入部を済ませる事
だろう。当然、舞ちゃんも明日の部活当たりは間違いなく参加する筈だ。
しかし、先ずは舞ちゃんの入部先を調べないとなぁ…
あ、そう云えば一哉が情報速かったよな。早速、聞いてみよう。
「一哉。お前、舞ちゃんが入部した部って知ってるか？」
「あ？何だ？いきなり…彼女は止めとけよ、俺達には手の届かない存在なんだから」
「そんな事は無い！兎に角、知ってるのか？」
「ふ〜ん、ま、良いけどな。水泳部だよ。まだ季節じゃ無いから水姿着は見れない
が、オフシーズンは講堂で基礎訓練の筈だ。」
「そうか、感謝！」
俺は授業が終わると急いで自宅に帰った。
ゴソゴソ…見つけた！無線機を２機。免許不要の特定小電力型だが校内で在れば
充分届くだろう。
俺は無線機を持って先負高に向かった。
うむ、部活勧誘も終わって、人が減ってきている。取り敢えず、校舎内はまだ人
が残ってる可能性があるので、講堂の方から先に細工しよう。
入学式の一件で講堂の放送設備は概略を掴んでいたので、細工は簡単だった。
しかし、問題は無線機の隠し場所だ。今回は入学式の時の様な短期決戦では無い。
無線機をビニール袋に入れ、アンテナだけ袋から出るようにして窓の外にぶら下
げる。無線機のイヤホン端子から有線で換気窓を通してスピーカーに直結。まぁ、
こんなモンだろう。
次は校舎内だ。同じ様にビニールに入れ、窓からぶら下げる。換気窓も…在った！
コードの接続も完了。これで良し！
準備が終わったので、一息つく為に『おてぃむてぃむ』に向かった。
そこで待っていたのは、さとみの冷たい目だった。
「拓郎…貴方、美穂に何したの？」
「何だ？…何って…別に何もしてないが？」
「嘘云わないでよね。何もしてないで、何で美穂が貴方の事を知りたがるのよ？」
「へ？…何それ？」
「今日の昼休み、美穂が私の所に来て貴方の話しを聞きたがるのよ。別に隠す事じ
ゃないから過去の悪戯とか話してたんだけど、その時舞が教室に帰って来て…そう
云えば、舞の態度もおかしかったけど、舞にも何かしたの？」
…ふ〜む。とすると…舞ちゃんの見せた寂しさは…もしかして…嫉妬？だとした
ら嬉しいが…兎に角、色々な所で誤解が在るようだが、解かねばなるまい。
「さとみ、俺が火曜日に美穂ちゃんを助けて此処に来た事は憶えてるな？」
「ええ…憶えてるわ。昨日、放送部に入部手続きに行ったんでしょ？」
「そう。その時に、一哉に一寸囃し立てられてな…結局誤解なんだが。」
「ふ〜ん。まぁ、理解ったわ。云っとくけど、美穂も純情な娘なんですからね、悪
戯はやめなさいよ」
取り敢えず、さとみの誤解は解けた様だ。明日は本番、何はとも在れ舞ちゃんの
誤解は解かねば。
１９９Ｘ・０４・２１（金）
１５：００
今日、俺は機材（ウォークマン・無線機(特小機)）を持って、登校した。
俺は６限をサボり、講堂・放送室の無線機の最終点検及び電源確認をしておいた。
異常無し。準備万端整った。
放課後になり、帰宅部の連中は早々に帰って行った。さて、出番かな？
俺は屋上に行き、無線機を使い話しだした。
「待ちに待った部活の時間だ！皆！頑張ってるか！？」
良し、上々だ。俺の声が講堂・放送室の無線機を通して全校放送されている。
「俺は、入学早々の停学野郎、拓郎だ！今日は最初の部活活動日、俺が花を飾って
応援するぜ！頑張っていってみよう！」
俺はウォークマンのヘッドホン端子から無線機のマイク端子にコードを繋げてカ
セットを流し始めた。曲目は「学園天国」だ。
屋上からは先ず、校庭の陸上部の反応が見える。
唖然としてる奴半分、笑ってる奴半分だが、顧問の教官は真っ先に校舎に入って
行った。多分、放送室当たりで俺を捕らえる積もりだろう。
曲が終わると一旦カセットを止め、マイクに向かって言葉を続けた。
「今日まで一週間、部活勧誘御疲れさん！ただ、火曜日だったか、大人しい女の子
を捕まえて、強引な勧誘していた奴が居たが、『好かれる先輩』ってのはそんな事
しないモンだ！。今年入った新入生も来年の此の時期は『先輩』だ。皆気を付けろ
よ！じゃぁ、次の曲行ってみよう！」
マイク端子を接続し直して、次の曲を流した。
段々、校舎内からも笑い声や盛り上がりが聞こえてきた。
ウケ始めてる。こうなれば、生徒は殆ど味方と見て良い。
そろそろ良い頃合だ。２曲目が終わった直後に非常階段を使って下まで降りる。
「異動しながらの放送だからノイズは我慢してくれ。此の機を使って云っておくが、
俺は喧嘩は好きじゃない。売られれば買うが、自分からは売らない積もりだ。昨日
・一昨日と俺を恐がる連中も居たが、そりゃ誤解ってモンだ。一応訂正しておく。」
やっと、１階まで降りて来れた。校庭の端、目立たない所を通って講堂に到着。
非常口から侵入、水泳部の練習を見つけた。舞ちゃんも練習している。
「やっと見つけた。舞ちゃん、聞こえるよね？さて、俺の放送もそろそろ終ろうと
思う。最後の曲は舞ちゃんに送るよ。また、来週からよろしくね！」
最後の曲は『Ｐ．Ｓ．Ｉ ｌｏｖｅ Yｏｕ』を流しした。丁度、曲が終わった時
に放送で云ったヒントを元に教官がたどり着き、職員室に連れて行かれた。
今回は学内のみの、しかも特に迷惑をかけた訳では無いので、学内器具の無断借
用・改造・使用の３点及び６限のサボりと大音声での放送を行った事についての厳
重注意で事は済んだ。
説教を受け、職員室を出た所に美穂ちゃんが待っていた。
「放送室に機材を回収に行くんでしょ？付き合わせて」
別に断る理由もないし、何か云いたげだったので、一緒に放送室まで行った。
放送室で、無線機を回収し端子を繋ぎ直してる最中に美穂ちゃんが話しだした。
「拓郎君の気持ち…『Ｐ．Ｓ．Ｉ ｌｏｖｅ Ｙｏｕ』舞ちゃんに送ったのよね…」
「…うん。舞ちゃんとは入学前に一度だけ会っててね。彼女は家のおかげでコンプ
レックスを持ってる様に見えた。でも、彼女はそんなモノに打ち勝とうと頑張れる
強さも見えたんだ。俺も家なんてモノは気にしないタチだし、そんな強い女の子っ
て好きなんだ。…まだ、そんな関係じゃないから迷惑だったかも知れ無いけどね。」
…云いながら振り返ると、美穂ちゃんが微笑んでいた。
「そう…じゃぁ、私もこれから強くなれば…は在るのよね…」
あれ？良く聞こえなかった。
「聞こえないよ。何て云ったの？」
「うぅん？何でもない。私…帰るわ。また、明日ね！」
？？何だか理解らないや。美穂ちゃんは帰って仕舞った。さて、此処での作業は
終わった。次は講堂だな。
放送室から出ると、舞ちゃんが待っていた。
「ご免なさい…美穂ちゃんと貴方が放送室に入るのを見ちゃって…立ち聞きする積
もりは無かったんだけど…」
舞ちゃんはすまなさそうに俯いていた。
「ま、良いさ。聞いてたんなら話は早い。これから講堂に機材回収に行くんだけど、
一緒にどう？」
俺は、舞ちゃんを誘って講堂の放送室に向かった。
講堂に着き、校舎内のと同じ様に無線機を回収しながら話始めた。
「舞ちゃん…今日は、一寸悪ノリが過ぎてあんな曲をかけちゃったけど、迷惑した
かな？」
「うぅん…嬉しかった。それに、美穂ちゃんに…あんな事…私をあんな風に見てく
れたのは貴方が初めてだから…
私、本当を云うと寂しかった。入学式の日、健二君に彼処まで云ってくれたのに、
美穂ちゃんと仲良くしてる所を見て…『やっぱり、気軽に話せる女の子の方が良い
のかな？』って思って。
でも、違った。今日の事だって、私の居場所を見つけてからあんな放送流してく
れて…美穂ちゃんにも…あんな風に…」
全ての装備を片付け終わった俺は、舞ちゃんに振り向いて笑いかけた。
「だから云ったろ？『俺と付き合えば、楽しい時間を約束する』って。今からでも
どう？」
舞ちゃんは、俺の笑顔を見てか、笑顔を取り戻した。
「ええ、凄く魅力的だわ。でも、まだ…お付き合いは早いと思うの。ご免なさい。」
…まぁ、そこまでは期待して無かったけどね。まぁ、「誤解を解く」目的は十二
分に果たしたから良しとしよう。
今日は、舞ちゃんを家まで送って帰った。…そういえば、彼女の家に初めて行っ
たが確かにでかい家だった。しかし、それより此の家を見た俺の反応を伺おうとし
ている舞ちゃんの方が遥かに可愛かった。
１９９Ｘ・０４・２４（月）
０８：３０
「おはよう！」
登校中に、いきなり女の子の声で後ろから挨拶されて仕舞った。
振り向くと…あれ？美穂ちゃん？
「私、考えたけど、頑張って強くなる事にしたの！よろしくね！」
晴れやかな笑顔で追い抜かれて仕舞った…。俺のせいなのだろうか…。ま、良い
や。その方が可愛いし。
「やっぱり、美穂に何かしたのね？…まぁ、今回は美穂も良い方向に変わったから
良いけど、泣かせたら承知しないわよ。」
今度はさとみだった。
「別に泣かせる積もりは無いさ。俺は、女の子を喜ばすために居るんだぜ？」
さて、今日も授業が始まる。折角の３年間、楽しくすごさなきゃ、な。
Ｆｉｎ or ｔｏ ｂｅ ｃｏｎｔｉｎｕｅｄ
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