告白の行方…
１９９Ｙ・０３・０８（金）
１２：３０
三学期の終業式も終わりに近付き、俺も進級が出来る事となった。
今日は金曜日、これから帰って明日の計画でも立てようかと考えていた時、一哉
が不意に呼び止めてきた。
「よう、拓郎。明日、暇か？」
「これから予定を立てるところだが…何か在るのか？」
「いや、悪いんだが…明日、付き合って欲しい場所が在ってな。」
「何処だ？場所によるが。」
「それが…此処だ。」
「此処？…って学校か？」
「そう、此の先負高だ。明日、来年度の入学生の合格発表だろ？それを一緒に見て
欲しいんだ。」
「お前…今年も受験したのか？」
「…莫迦。俺じゃ無い！くるみちゃんだよ。仁科くるみちゃん。」
「胡桃？倶留見、くるみ…あぁ！あの、文化祭の時のお下げの彼女か！。」
「そうそう。あの娘が此処に合格したかどうかを確認したいんだ。俺一人じゃ心細
いし…頼むよ！」
ふむ、彼女は確かに可愛い気もしたが、一哉が此処まで惚れるとはねぇ…
しかし、待てよ？
「おい、一哉。お前、彼女の受験番号なんか知ってるのか？それを知らなきゃ、行
っても無駄だぞ？」
「あ…受験番号…そうか。でも、知りたいんだ。巧く行けば、彼女と合えるかも知
れないし…」
…しょうが無ぇなぁ…恋する男は無敵だ…
「判ったよ、付き合ってやるよ。」
「有り難う！感謝するよ！じゃぁ、明日午後１時に校門前でな！」
…喜々として帰って行っちまった…よっぽど嬉しかったのかなぁ…
１９９Ｙ・０３・０９（土）
１３：００
俺は、約束した時間に校門前に着いた。
一哉がソワソワしながら待っている。
「よぉ、早いな。」
「当たり前だ。３０分前から来てるんだ。」
「お前…そこまでするのか？発表すらこれからなんだぜ？」
「でも、気になって早く来たという事もあるだろ？」
「…そりゃ、お前の事か？…兎に角、これを貸しておくぞ。」
俺は無線機を渡した。去年の４月にＤＪする時に使った特小機だ。
「チャンネルは合わせて在る。見つけたら呼び出してやるよ。」
「感謝！こっちからは…これがマイクになるのか…判った。」
「俺は、こっち側を廻るから、じゃぁな。」
「頼む。」
俺は一哉と分かれ、既に発表されてる掲示の方に向かった。
「そう、すぐに見つかる筈無いよなぁ…」
取り敢えず、１時間位は此処で待つ積もりだった。
「あ、拓郎さんだ。今日は。」
へ？後ろから女の子の声？振り向くと…くるみちゃんだった。他にも女の子が３
人程、一緒にいる様だ。
「やぁ、くるみちゃん。久しぶり。元気だった？」
「ええ。拓郎さんこそ。」
一緒の女の子が、はしゃいでいる。紹介をせがまれてるみたいだ。
「俺は、此処の２年になる…筈の拓郎って云うんだ。みんな、此処を受験したの？」
『そぉで〜す』と黄色い声が返ってくる。
「で、結果は？」
みんな、笑いながら入学案内の封筒を前に差し出した。
「おめでとう。これから中学に報告の電話を入れるのかな？」
『うん、それで、その役をくるみに任せたところなの。』
黄色い声の合唱がまた返ってきた。
「それで、拓郎さんはどうして此処に居るんですか？」
あ、そうだった。俺は無線機の通話ボタンを押し、マイクに向かって話しかけた。
「拓郎より一哉、掲示板前、補足完了、合格。以上。」
３０秒後、一哉が息を切らして走ってきた。
「拓郎、無線感謝。」
「あ、一哉さん。今日は。」
「あ…あぁ、今日は。合格したようだね。おめでとう。」
「で、だ。一哉。くるみちゃんは、此処のみんなが合格したって電話を中学にしな
いといけないらしいんだ。付き合ってやってくれ。俺は、この子達と『おてぃむて
ぃむ』でも行ってるから。良いよね、みんな。合格祝いに奢ってやるよ。」
彼女達は口々に賛成の声を上げていた。
「拓郎、感謝！後で奢る…と思うぞ。」
俺は、一哉に合図し、無線機を回収すると、学校を出て行って仕舞った。
俺は、くるみちゃんと同じ出身校という女の子と『おてぃむてぃむ』に入った。
「あら、拓郎君。女の子を一杯連れて来るなんて妬けちゃうわね。」
「マスター、こんちは。奥のテーブル、使うね。」
「拓郎、どうしたのよ。こんなに女の子連れて…しかも、中学生じゃない。」
「よう、さとみ。俺がナンパしたの。高校生同伴だから良いだろ？」
俺は、奥の４人がけのテーブルに陣取ってケーキセット３つとコーヒーを注文し
た。（この代金は後で一哉にでも請求できるだろう）
「まったく、何処でナンパなんかして来たのよ？」
さとみが、テーブルに注文の品を置きながら聞いてきた。
「いや、今日は高校の合格発表だろ？そこでな。後で説明してやるよ。」
俺は、此処で一哉の事をバラすと恨まれそうな気がしたので、言葉を濁した。
「お姉ぇさん、拓郎さんの彼女なんですか？」
…彼女達の一人がさとみに聞いた途端、他の二人も騒ぎだした。
しかし、なんて恐ろしい事を聞くんだか…
「こいつは、幼なじみよ。彼女だなんて、冗談じゃないわ。」
「拓郎さん、嫌われてるの？」
「別に嫌っちゃいないけど…良いわ。拓郎の事を話してあげる。」
「さとみ…」
「あら、良いじゃない。どうせ入学したら、絶対聞く噂でしょう？」
「拓郎さんって…有名人なんですか？」
「そうよ、高校に入学してからでも…」
さとみの昔話が始まって仕舞った…まぁ、確かにさとみの云うとおり、『入学す
れば聞こえてくる噂』になりそうな事ばかりしているのだが…
さとみの昔話が終った。
「ね。こいつの彼女だなんて、よっぽどの事じゃないと出来ないわよ？」
３人娘は俺の方をじっと見て…云った。
「凄い事してるんですね…」
別に否定はすまい。そこに一哉とくるみちゃんもやって来た。
「おぅ、一哉。遅かったな。」
俺は手を上げ、一哉を呼んだ。
二人は何となく、気まずい雰囲気だったが、取り敢えず気にせずに席を勧めた。
「有り難う御座います。」
くるみちゃんは座ったが、一哉が立ったままだ。
「どうした？一哉。早く座れよ。くるみちゃんも、ケーキセットで良い？」
くるみちゃんは頷くだけ。一哉は…
「拓郎、後は頼む。」
とだけ云って、出て行って仕舞った。…失敗したな。
すると、何か？告白されて断った気まずさがある娘の気を解してやれってことか？
…勘弁してくれよ…
「御疲れ、くるみちゃん。」
俺は出来るだけ自然に振る舞った。
「今、さとみが俺の伝説語ってたんだけど、一緒にどぅ？」
「ええ…有り難う。」
…駄目だ、元気が無い。後で一寸話しておいた方が良いかな？
適当な時間になったので、俺は彼女達を送る為に『おてぃむてぃむ』を出、彼女
達の家を廻った。
当然、くるみちゃんを最後に送る事にしたのだが、『くるみちゃんの友人』とい
う事で知り合った関係なので、別段おかしくは思われなかった。
「くるみちゃん…一哉に何か云われたの？」
俺は、何も知らない振りをしてくるみちゃんに話しかけてみた。
「ううん…何も…何でもないです。」
ま、当然だな。くるみちゃんにしてみれば、『告白されたんですが、お断りしま
した』なんて軽く云える事では無いだろう。
「そう…彼奴って、時々自分だけで考えを突っ走らせて自爆する事もあるけど、何
時もその時考えてる事を話す奴だと思うぜ。何を云われたかは知らないけど、考え
てやるだけでも、してくれる？」
「はい…拓郎さん、有り難う御座います。私、考えてみます。」
素直で良い返事だ。今日の所は此れ以上は何も云えまい。
１９９Ｙ・０３・１１（月）
１２：３０
昼休み、俺は一哉を誘って屋上に出た。
「一哉。お前、一昨日くるみちゃんに何云ったんだ？随分、落ち込んでたぞ？」
「いや、別に…何でもないよ。」
「人に、後始末押し付けておいて『何でもない』は無いだろ？
最初に誘ったのもお前なら、他の娘引き受けた時に感謝したのもお前だ。此処ま
で来て、何も話せないか？」
「判った…話すよ。くるみちゃんとは…文化祭でも会った仲だし、最初は世間話か
らしてたんだけど…喫茶店に着く前に『彼氏とか居るの？』って聞いたら、それか
らは…もう何話して良いんだか判んなくなって。くるみちゃんが黙ってたのを良い
事にこっちも黙っちまって…」
「お前なぁ…そぅ云う場合の沈黙ってのはな、カップルで居る時には禁物なんだ…」
俺が呆れていると、入り口の方から聞き憶えのある声が複数近付いてきた。
「拓郎、一昨日の彼女達の説明してくれるって云ったわよね。」
「さとみ…何故こんな集団になったんだ？」
そう、声が『複数』なのは、さとみが美穂ちゃん・美沙・舞ちゃんまで引き連れ
て来ていたからだ。
「いえ、別に一昨日『おてぃむてぃむ』であった事を話題にしてたら、興味を持っ
た人が、これだけ居たのよ。」
「わざわざ、そんな話学校でするなよなぁ…。」
俺は一哉を見て、フと思い付いた事を相談してみた。
「一哉、さとみ達に協力して貰うぞ、もう一度だけチャンスを作ってやる。」
「へ？どうするんだ？」
「また、入学式で騒ぎを起こすから、どさくさに紛れて彼女と話せるようにしてや
るよ。ただ、此の面子の協力が欲しい。話すぞ。」
多少迷ったようだが、一哉が頷くのを見ると、話だした。
文化祭で『仁科くるみ』ちゃんに会った事、一哉がくるみちゃんを気に入ったら
しい事、昨日の合格発表で再会した事…
そして結局、一哉は『付き合ってくれ』も無しに、気まずくなっていた事…
「まだ、何をするかは決めていない。ただ、何らかの形で協力して貰う事も在ると
思う。その時はよろしくな！」
「でも、拓郎？それって『お節介』ってヤツに近くない？」
さとみだ。まぁ云いたい事は判る。実は俺もそう思っているからな。
「確かに。ただ、俺は文化祭の時から色々してるし、船には乗りかかっちまった気
もしてるし…まぁ、さとみ達は今聞いたばかりだから、降りるならそれでも良い。
他の手を考えるから…」
「しょうがないわね…美穂達を連れてきたのは私だから、今回は協力するわよ。」
さとみのその発言に釣られてか、美沙、美穂ちゃん、舞ちゃんも協力してくれる
と云ってきた。
「現時点、何も考えてない。ただ、一切の他言は無用、よろしく。」
皆、『当然』とばかりに頷き、解散となった。
１９９Ｙ・０４・０８（月）
０８：３０
結局、主導権を握った俺が何も云わなかったので、そのまま年度を越す事になっ
て仕舞った。
実際、くるみちゃんが此処に来る用事と云うのも入学手続きを済ませば入学式ま
で何も無いのだからしょうがない。
入学手続き期間も１週間ほど有り、そのどの日に来るかも判らない状態なのだ。
俺は登校して、２年の組発表を見て驚いた。俺・一哉・舞ちゃん・美穂ちゃん・
さとみ・美沙の全てが２−Ｄに集結してるのだ。担任は…よし子先生だ。
これは嬉しい…確か、３年進学時での組変えは無かった筈なので、修学旅行から
卒業式・同窓会まで全部一緒だ。
…げ、ボンボンも一緒だ。こいつはどうにかしてくれ。まぁ、無視くれてやれば
良いか。
さて、入学式は来週の月曜日。そろそろ動き始めないと間に合わなくなるな。
俺と一哉で式に侵入、美穂ちゃんは侵入経路の確保、舞ちゃんと美沙で入り口付
近の教官を撹乱して貰えれば良いかな…
今日は始業式のみなので、午後は放課後になる。俺は関係者全員に『おてぃむて
ぃむ』に出頭するよう伝令しておいた。
放課後、『おてぃむてぃむ』の奥のテーブルに揃ったのは５人。舞ちゃんだけは
どうしても都合が合わなかった様だ。
「そろそろ入学式だし、俺は一発、入学式中に歓迎をしたいと思う。
その間、俺以外の誰かが俺と同じ経路で式場に侵入し、別行動を取ったとしても
一切、関知しない。それが『特定の後輩を呼び出す様な事』でもだ。」
俺の云いたい事は、これで殆ど伝わった様だ。
「まず、美沙と舞ちゃん…には後で伝えておくが、部室で練習着に着替えようとし
た時に『人影を見る』んだ。
当然、式の為に集まっている『教官』…多分、去年の関係上、巡回教官が増えて
るだろう…に通報、『教官と一緒に探す』事になる。
美穂ちゃんは、『うっかり窓の鍵を締め忘れ』て仕舞い、不幸にもそれを『俺』
が気付いて使用する。『俺以外の誰かは入らない』。そして、『俺がした細工』で
『制御不能になった』ライトやマイク等の『調整』をして貰う。」
「俺は、前回より派手に講堂内を動き廻る。『ライトは制御不能な為』に明滅し、
『運の悪い新入生２人』にスポットが当たる。『その内の一人』に俺は近付くが、
もう一人には『誰も近付かない』。適当に時間が過ぎれば『ライトは復活』し、俺
は職員室に呼び出される。当然、『他には誰も侵入して無いのだから、痕跡も残ら
ない』。良いな。」
全員が頷いた。あとは、俺のパフォーマンスが何処まで効くかだ。
「舞には、私から伝えておくよ。」
美沙からの提案には、此の面子が揃ってる以上、頷くしか無かった。まぁ、今日
については用件を伝える方が重要だからしょうがないか…
俺達は解散し、式を行う１５日を待つばかりとなった。
１９９Ｙ・０４・１５（月）
０８：３０
さて、運命の日だ。俺達は校舎裏に集合し、最終的な段取りを着けた。
式の開始が９：００、終了は１０：００だ。９：３０に侵入し、短期決戦の予定
である。
「舞！美穂！美沙！」
此の聞き憶えの在る声は…ボンボンか…邪魔な所に出て来やがって…
俺が迎え撃とうとした時、舞ちゃんが俺の腕を掴んだ。
「待って。私と美沙ちゃんで何とかするから…配置に着いておいて。」
「あれは拓郎じゃないのか？舞、あんな奴と未だ一緒にいる積もりか？…」
段々、声が遠くなる。チッ…云いたい放題抜かしやがって…俺の邪魔なんかする
なよ…
新入生が続々と講堂に入ってくる。俺は隠れながら目は入り口を向いていた。
…居た。くるみちゃんだ。
幸い、誰も俺の事には気付かずに講堂に入って行った。
俺は、美穂ちゃんと打ち合わせした窓の裏に場所を移動した。
確かに巡回教官は居た。見つからないように身を隠し、舞ちゃんと美沙が動き出
すのを待った。草むらの中には、同じく隠れていたさとみ・一哉が居た。
俺は二人に合流、くるみちゃんがきちんと式にきている事を告げ、さとみにはく
るみちゃんは絶対ライトを当てるように再度念を押した。
式の開始、昨年と同じ様な式次第が続き、そろそろ３０分が経とうとしていた。
窓の周りを巡回していた教官が別の方向から召集されて行った。舞ちゃんと美沙
の陽動は成功した様だ。
俺達は誰も気配を感じない窓から講堂に侵入した。
２階にある音響室の小窓からくるみちゃんの位置を確認する。美穂ちゃんも確認
出来た様だ。俺は行動を起こし易いように扮装を整え、舞台上のライト整備台に向
かった。それを見たさとみは呆れていたが…
整備台の上で、俺はまず紐を床にくくり付けた。これは前もって用意しておいた、
先端に糸を付けたものだ。その糸だけ気付かれない様に舞台端の方に垂らしておく。
式も終わりに近付き、生徒会長も挨拶を終え、皆ホッとしてる隙を付いて俺は舞
台に飛び降りた。今回の扮装はマント付きだ。
俺の扮装に唖然としてる参加者一同をに対し、俺はマイクに向かった。
「やぁ、俺の名は拓郎。２年生だ。俺から君達に向けての歓迎をしよう。
君達はこれから、俺の後輩または友として入学する。歓迎の印にアトラクション
を一つ、見せてさしあげよう。これだ！」
俺の最後の声と共に講堂のライトは全て消え、スポットライトが３つ、俺とくる
みちゃん、そして…あれ？美穂ちゃん？じゃぁ…ライトを操ってるのは…さとみか！
教官も去年の事を思い出したのか、捕まえようと考えたようだが、この暗闇の中
で騒げば混乱の元になる事に気付いたようだ。今は静観してくれている。
「おや、俺に選ばれた女性が二人もいるようだ…さて、どちらとペアを組もうか…」
まだ、一哉は動き出してない。そろそろ良いか…
「では、こちらの女性に相手して貰おう。」
俺はマイクを服に付けてあるワイヤレスに切り替え、美穂ちゃんに向かって歩き
出した。…その時！
「此処に拓郎が出たって！？」
…げっ！ボンボンの奴、こんな時に入って来やがった！
このままボンボンがくるみちゃんに近付いて行った場合、全てがブチ壊しになる！
「いい機会だ！紹介しよう！今入ってきた男こそ「学園のボンボン」漸次だ！女生
徒は気を付けた方が良い。奴には近付かない方が高校生活を平和に過ごせる。」
「僕の名は健二だ！！貴様の方が女性には有害だ！それに折角の入学式を自身の悪
戯に使用するなぞ言語道断だ！」
よし、奴の注意は俺に向いた。このまま、俺が美穂ちゃんに向かえば何の躊躇い
も無く俺と美穂ちゃんの間に割って来るだろう。
「ふん…貴様など、今はどうでも良い事…私は自分の目的を果たすだけ…我がパー
トナーに先ず、礼を取らねばな…。」
俺はボンボンを無視するかの様に美穂ちゃんに向かって歩き出した。
「僕を『どうでも良い』だと？…女生徒への悪戯は許さん！」
やはり、俺の狙いがスポットライトの娘…美穂ちゃんと知ると俺からかばうよう
な位置に走りだした。此の会場にいる全ての人間の注意は俺達に向いた筈だ。
「点司…そこを退け。我がパートナーにお目通り願わねばならんのでな…」
時間稼ぎしている内にライトが消え、照明が回復した。一哉の方が終了した合図
だ。教官が静かに動きだした。しょうがない、今捕まる訳にはいかない。
「とんだ邪魔のおかげで、時間切れの様だ…。諸君の歓迎を最後までしたかったの
だが、今日の所は消えておこう。さらば！」
俺は舞台に戻り、さとみへの合図の意味で大きく舞台を蹴った。
その合図に答えるかの様に、また照明が沈黙した。これは数秒しか保たない筈だ。
俺は、舞台端へ足音を立てない様に逃げ、垂らしておいた糸を引いた。糸の先に
付けられている紐が舞台まで落ちてきた。一寸、身の軽い人間なら上まで上れる感
じだ。
俺はそのまま、紐を囮にして侵入した窓から脱出した。丁度、一哉も合流したの
で全ての計画が成功した事を知った。
外には舞ちゃんと美沙が待っていた。
「拓郎君、御免なさい…健二君を抑えきれなかったの。」
「いやぁ…あれは、あれで巧くかわせたよ。兎に角、本当の目的は達成できた訳だ
しな。」
「みんな…有り難う。」
「何、今更水臭い事云ってんだよ！今回は全員、乗りかかった船だったから思い切
って乗っちまっただけだよ。」
一呼吸遅れてさとみも窓から出て来た。
「拓郎！成功よ。先生達、あの紐を見て上の方に逃げたと思って探してるわ。」
「そうか…作戦成功！…で？一哉、お前何時何処に呼び出したんだ？」
「ＨＲ後に屋上…まさか、付いてくる気か？」
「そこまではしないけどな…近くにいるから、報告くらいはして欲しいよな。」
俺が云うと、全員（舞ちゃんまで…まぁ躊躇いながらだが）頷いた。
一哉も渋々とだが、了解した様に頷いた。
俺は、全てが終わるまで捕まる訳にもいかないので、一足先に屋上（ただし、見
つかり難い給水塔の影）に隠れる事にした。
３０分もしただろうか、一哉とくるみちゃんが屋上にやって来た。
一哉の奴、まだハッキリしてない感じだが、意を決したのかくるみちゃんに向き
直って何か云った様だ。
くるみちゃんは…頷いた。あ〜ぁ、一哉の奴くるみちゃんに抱きつきかけて、避
けられてやんの…でも、くるみちゃんの顔は笑ってる。一哉の告白を受け入れた様
だ…良かったな、お二人さん。
俺は此れ以上居ても邪魔なだけなので、そっと屋上から抜け出し、職員室に向か
った。
丁度、職員室の扉前でボンボンとすれ違う状態になったが、初めて職員室で責め
られたのだろうか、青ざめて俺に気付きもしなかった。たまには良い事だ。
俺が職員室に入ると、いつもの様な歓迎が待っていた。
俺はよし子先生の机に向かった。
「今日も、お騒がせしました。今年度もよろしくお願いします。」
俺が素直に出てきた事と既に頭を下げた事でよし子先生も何も云えなくなった様
に職員室を見回して仕舞った。
「兎に角、入学式での悪戯はこれで２度目ですから、いつもより厳しい処罰になり
ますよ。良いですね。…それと、今日の事は貴方一人でやった事なの？随分、手際
良く感じたけど。」
「嫌だなぁ、俺の手際は何時も良いでしょ？今回も全て、俺の悪戯ですよ。」
俺はそれだけ云うと、職員室を出て仕舞った。
一哉が巧く云った事で全員帰ったかと思っていたのだが、舞ちゃんだけ何故か職
員室前で待っていてくれた。
「あ…拓郎君、お疲れさま。」
「どうしたの？舞ちゃん」
「貴方が職員室に向かったのが見えたから…待ってたの。やっぱり私たちの事は何
も云わなかったわね。」
「始業式の放課後、集まった時に云ったんだけど、あくまで今日の事は『俺が計画
した事で、俺は運が良かった』って事だったのさ。まぁ健二の奴は予定外だったけ
どね。」
「ご免なさい…」
「いや、舞ちゃんのせいじゃ無いよ。彼奴が勝手に来たんだから。
それよりも、一哉の奴巧く云ったみたいだね。まぁ、苦労した甲斐があったよ。」
「本当にね。」
「俺も、告白はしてるのに、頷いてくれない娘がいるし…羨ましいよ。」
「えっ…？」
俺は言葉を失った舞ちゃんの両肩に手を置き、正面から見つめた。
「た…拓郎君…ご免なさい。」
舞ちゃんは真っ赤になって俯いたまま、動かなくなって仕舞った…
「御免、困らす積もりじゃなかったんだけど…今日は、作戦成功と一哉のハッピー
エンドを祝わなくっちゃな。」
俺は笑いかけ、手を離した。
「ええ、そうね。じゃ、今日は帰るわ。また明日ね。」
舞ちゃんは行って仕舞った。此れ以上は俺も居る必要はない。今日の所は帰ろう。
１９９Ｙ・０４・１６（火）
０８：３０
登校した俺を待っていたのは、何時もの如く一枚の掲示だった。
「通告：下記の者、入学式における騒動の原因として、１０日間の停学と
する。
記
２−Ｄ：拓郎 ｣
職員室に挨拶して帰ろうと思った時に、俺に向かって走ってくる影が見えた。あ
れは…一哉だな。
「拓郎、済まないな。俺の為に。」
「だから、お前の為じゃ無いって。俺は『新入生歓迎』をしただけさ。じゃぁ、ま
たな。」
これから１０日、まぁ大人しく自宅謹慎でもするか…俺は職員室に挨拶して帰宅
する事にした。
その時、門を出た俺を舞ちゃんが見ていた事など俺に知る由もなかった。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
ある時、先負高校々舎屋上
一組の男女が居る。女性はストレートロングの髪で、両脇に黄色いリボンのアク
セントを付けており、男性はいかにも気障な横分けである。
「舞…話しって何だ？」
「健二君…どうして入学式の日に学校なんかに居たの？」
女性…舞は男性…健二に向かって単刀直入に聞いた。どうやら少しばかり怒って
いる様に見える。
「何故って…お前が本来休みの筈の『学校』に向かうとお前の両親から聞いて。」
「私が何処に行こうと健二君には関係ないでしょう？今回、健二君のおかげで全部
壊れそうになったんだから！」
「全部…ってお前も拓郎に手を貸していたのか？まさか、お前の見たって云う影…」
「そんな事はどうでも良いの。拓郎君と仲良くしてとは云わないけど、せめて邪魔
はしないで。云いたい事はそれだけ。」
舞は足早に校舎内に入って行った。
一人残された健二は舞の言葉に悩んでいた。
「あの大人しかった舞が、此処まで云うなんて…まさか…拓郎め！この僕から舞の
目を反らさせるなぞ、許せん！絶対後悔させてやる！」
健二はハタから見れば逆恨みの様な台詞を吐き捨て、校舎内に帰って行った。
これは、拓郎の停学中の話しであり、当然、拓郎本人は知らない事であった。
Ｆｉｎ or ｔｏ ｂｅ ｃｏｎｔｉｎｕｅｄ
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