先負高内喰倒れツアー
１９９Ｘ・１０・１９（木）
０８：３０
一週間ぶりの登校である。
先日の体育祭騒動の罰則の為に停学を喰らい、登校出来なかったのだ。
久しぶりの教室では何時もの事ながら、一哉が近付いてきた。
「よぉ！お勤めご苦労さん！また、楽しませてくれよな！」
「別にお前を楽しませる為に悪戯してる訳じゃ無ぇけどな。」
座りながら周りを見渡すと、美穂ちゃんが心配そうに見ている。俺は心配ないと
微笑んで返した。
彼女は顔を赤らめながら安心した様に席に着いた。
「何やってんだよぉ。また彼女と何か在ったのか？」
「さぁね」
俺は一哉の突っ込みをかわすと話をすり替えた。
「ところで、そろそろ文化祭だろ？確か、来月３日だよな。ウチでは何かするのか？」
「お前、それを聞くか？体育祭ですら義務以外の事をしなかった組だぜ？」
一哉の云わんとしてる事は判った。まぁ、深くは聞くまい。
「で、よぉ。今回は何するんだ？」
「何ってなんだよ…」
「云わなくても判るだろぉ？文化祭と云えば、これまた年に一度の大イベントだぜ？
お前が何かする筈だって、俺達みんなで期待してるんだぜ？」
「俺達みんな？お前以外にも居るのか？」
「あぁ、表だっては居ないが、お前のしでかす事を楽しみにしてるのは俺だけじゃ
無い。」
「ふむ。まぁ良いけどな。で、組では何も無し…と。それだけ自由には動けるな。」
等と話していると、やはりお約束。脇からさとみも会話に参加しだした。
「何考えてるの？貴方達、体育祭で私がした苦労は忘れてないでしょうね。
それに拓郎、貴方、私の貸しの分は返して貰うわよ。」
「げっ…判ってるよ、お前に借りは作りっぱなしだと恐いからな。早々に返すよ。
それに、今回は、お前は巻き込まない。それは約束するからさ。」
「何よ、やっぱり何かする積もりなんじゃない。まぁ、良いわ。約束よ。」
さとみも引いて行った。そうか…文化祭は「客」で参加するだけか…これは一つ、
舞ちゃんでも誘って、学校中見回ろうかな。
等と考えている内に、授業が始まって仕舞った。しょうが無い、昼休みに屋上に
でも誘おう。
で、昼休みである。
停学明けの分際で、授業そっちのけで舞ちゃんを誘う事だけを考えていた。
屋上に舞ちゃんを呼び出す事に成功した俺は、思い切って誘ってみた。
「舞ちゃん、今度の文化祭、俺達の組は何もしないそうだけど、どう？一緒に回ら
ない？」
「ご免なさい。私、水泳部の方で準備しなきゃいけないの。でも、朝からお昼まで
の２時間位なら、自由時間だから、お願いできるかしら？」
「うんうん、それでも良いから、一緒に回ろう。当日、じゃぁ、１０時頃に水泳部
の店に行くね。」
「ええ、待ってるわ。」
と、丁度舞ちゃんと約束を交わした時、後ろから気障な声が聞こえてくる。
「拓郎、貴様まだ舞に付いて回ってるのか。いい加減にしろ。お前が居るだけで舞
の品位が疑われる様になったらどうする？此れ以上付き纏うな！」
「ふん、権次が…。俺が居るだけで疑われる様な品位は舞ちゃんには無い！それよ
りも、お前みたいな気障な奴が一緒にいた方が悪影響になる。お前こそ消えてろ。」
「僕の名は健二だ！何度も、変な名前で呼ぶな！お前には品位の格の違いが判らん
のか？」
云い返そうとした俺は、フと舞ちゃんの辛そうな顔が見えてしまった。
しまった…此れ以上の云い合いは彼女を傷つけるだけだ…。
「ふん、貴様にも判らない事は沢山在るようだな。舞ちゃん、行くよ。」
俺は舞ちゃんの手首を掴むと半ば強引にその場を離れた。
これからは、ボンボンとの云い合いの場に舞ちゃんを巻き込まぬよう誓いながら…
「さっきは御免。舞ちゃんの目の前で健二と云い合いなんか始めちゃって…」
俺は素直に謝った。
「ううん…良いの…私の為を思って云ってくれてたんですもの…」
やっぱり、寂しそうだ。
「俺が前に云ってた事、憶えてるよね。舞ちゃんは確かに俺達には無い悩みを持っ
てると思う。でも、それに立ち向かおうとしてる強い舞ちゃんが好きなんだって。」
「ええ…有り難う。もう、気にしないわ」
舞ちゃんはニッコリ笑うとその場を離れて仕舞った…すぐに立ち直れるほど軽い
ものでは無いだろうに…やっぱり強い娘だな。
兎に角、午前中は良いとして、午後はまた一人になって仕舞うな。
この「拓郎」とも在ろう者が、文化祭に女性同伴出来ずに帰りましたなど許され
る事ではない。午後の相手を探さねば。
しかし、放課後は皆、部活に出る者、帰宅する者等誰も捕まえられなかった。取
り敢えず、今日の所は舞ちゃんとの約束も取り付けた訳だし、此れ以上他の娘と彷
徨くとまたボンボンに邪魔されないとも限らない。
俺は、災難がくる前にとっとと帰宅する事にした。
１９９Ｘ・１０・２０（金）
１２：３０
で、翌日。
朝っぱらからする話じゃ無いので、昼休みに美穂ちゃんを誘い校庭の端に来た。
「美穂ちゃん、文化祭の日だけど、放送部って何かやるの？」
「うん、生徒ホール借り切ってダンスホールにするの。毎年、文化祭での放送部は
それの管理をする事になってるんですって。」
「ふ〜ん。で、午後なんか時間空かない？一緒に回ろうよ。」
「ご免なさい。今年は放送部の１年って私を含めて数人しか居ないから、殆ど出ら
れないみたいなの。私も一緒に回りたいんだけど…」
「美穂！」
「あれ？美沙ちゃん！」
美沙が俺達を見つけ、駆け寄ってきた。
「拓郎、済まないが教室に戻っててくれないか？美穂と話が在るんだ。すぐに済む
から、また美穂を教室に行かせるよ。」
「いや、俺の用事は終わったよ。ま、教室には戻るけどな。」
そう、美穂ちゃんに振られて仕舞ったらもう話す事はない。
誰か他に女の子を探さねば…
教室に戻ってきた時、ふと、さとみが目に付いた。
そう云えば、さとみの借りを返してないな…この際、文化祭で適当に奢って胡麻
化して仕舞おうか…
俺は早速、行動に移した。
「おう、さとみ。今、良いか？」
「え？良いわよ？」
「お前、文化祭の日は暇か？」
「丁度、午前中にバイトが入ってて…午後だけでも来れば出席扱いになるから、そ
うする積もりだけど？」
「丁度良い、俺も午後だけ時間が空いちまってな。この間の借りも在るし、文化祭
で奢ってやるよ。」
「拓郎…貴方、それで私への借りを返す積もり？…まぁ、良いわ。思いっ切りタカ
るから覚悟しなさい。」
うっ…まぁ、高々文化祭での出費くらいならたかが知れてるだろう。これで、さ
とみもへの借りも何とかなった。
さとみもキチンと筋さえ通せば根に持つタイプじゃ無いから付き合い易いんだか
らな。
話がまとまった時に、美穂ちゃんが俺を呼んだ。
「拓郎君…一寸。」
「何？美穂ちゃん。」
「文化祭の話なんだけど…さとみちゃんと何話してたの？」
「あぁ、美穂ちゃんに振られちゃったから、さとみでも誘おうかなって…、で、何？」
「ううん…良いの。文化祭では美沙ちゃんの陸上部でおでん屋さんやるの。拓郎君
にも来て欲しいなって。」
「ふぅん…陸上部ね。うん、行くよ。」
「じゃぁ…またね。」
美穂ちゃんは走って行って仕舞った。…あれ？美穂ちゃんってば陸上部の店の宣
伝する為に呼んだのかなぁ…
ま、良いや。取り敢えず、これで「あぶれ者」の烙印は押されまい。
しかし、美穂ちゃんは高校初の文化祭を自分の部活しか知らないで過ごすのか…
一寸可哀相だな…何か、良い案がないだろうか？
ついでだから、それをネタにして何か起こすのも良いかも知れない。
…今、一寸美穂ちゃんに文化祭の話を蒸し返すのは何だ。
どうせまだ、１０日近く在るんだから、後でも良いだろう。
放課後、情報収拾も兼ねて保健室に行った。
「真子先生は当然、毎年文化祭の日も来てるんだよね。」
「そうよ？流石に体育祭程でも無いけど、こう云った日は怪我人とか増えるしね。」
「各部の出し物なんかも見た事在る？」
「本来は、此処に常駐してなきゃいけないんだけどね。」
真子先生は悪戯っ子の様に片目をつぶった。結構、根は悪戯好きかも知れない。
「じゃぁ、放送部が毎年ダンスホールしてるってのも知ってるよね？」
「ええ、知ってるわ。今年もそうなの？鈴木さんから何か聞いた？」
「うん。それがね、今年の放送部は美穂ちゃん含めて新入部員が少ないせいで、ホ
ールから殆ど出られないらしいんだ。で、何時もどんな曲がかかってるのかな？」
「そぉねぇ…ワリと何でもかかってるわよ？フォークダンスからディスコアレンジ
まで…ところで、文化祭でも何かするの？いい加減にしておかないと、只の『問題
児』じゃ済まなくなるわよ？」
「まぁまぁ…確かに、悪戯は色々するけど、致命的な破壊はしてない積もりなんだ
けどなぁ…」
「まぁ、それは認めるけど…これから卒業まで２年半、静かには暮らせそうに無い
わね。」
俺は、曖昧に笑うとその場を胡麻化して帰る事とした。
１９９Ｘ・１０・２６（木）
１２：３０
あれからの約一週間、俺は在るテープを作成する準備に奔走していた。
当然、今回の一件に関連している訳だが、色々なダンス曲を選定するのに時間が
かかって仕舞い、未だ完成を見ずにいる。
曲層の順番としては、ディスコアレンジ・フォークダンス・チークと繋げている
積もりだが…結構、難しいものだ。
俺は、一寸した寝不足状態のまま授業を受け、昼休みまでこぎ着けた。
先週、美穂ちゃんと気まずくなったのが気になるが、まだ聞きたい事もあるので、
俺は美穂ちゃんを屋上に呼び出す事にした。
「何？拓郎君。」
「いや、放送室から借りたいＣＤとか在るんだけど良いかな？」
「うん、放課後に放送室に来てくれれば、誰か居ると思うから、放送部員に断って
からなら良いと思うよ？」
「有り難う、で、文化祭でかけるダンス曲って云うのも放送室にあるＣＤから取る
んだよね。邪魔にならないかな？」
「うん。それは大丈夫。大体、放送室にあるＣＤから半分と部員が持ってるＣＤ半
分くらいから編集したテープを使うらしいから。放送室にあるＣＤはもう編集終わ
ってると思うし…」
「判った。じゃぁ、放課後に放送室に行くね。それと、文化祭だけど、美穂ちゃん
が必ず居る時間帯って教えて貰えるかな？必ず行くから。」
「うん、確か午前と午後１時間づつ位は在ったと思うけど…それも放送室に掲示し
て在る筈だから、見て行って良いと思うよ。」
「有り難う。じゃ、放課後に行くよ。」
放課後、美穂ちゃんと連れだって放送室に向かった。
「じゃぁ、ＣＤ関係は此処のラックに入ってるから、必要なのがあったら纏めて、
部員の誰かに断っておいて。」
美穂ちゃんは、そう云うと他の部員の中に混じって文化祭についてのディスカッ
ションを始めている。
彼女も以前は大人しく、引っ込み思案だったとの話だが（実際、春に初めて会っ
た時には俺もそう思っていたが）、今の彼女を見ると、その様子さえ伺えない。
何が原因だか知らないが（春の入部の一件も一端だとは思うが）、良い事だと思
いながら、放送室のＣＤラックを漁り始めた。
小一時間もして部員も帰りだし、放送室でも当番が下校を促す放送を流した頃、
俺はＣＤを数枚揃えて、部員を一人捕まえた。
「すいません。このＣＤを借りたいんですけど。」
「あぁ、拓郎君か。良いよ、何時までかかる？」
「２・３日中には返せると思います。」
「了解、了解。特に君は有名人だから、俺が確認するだけで良いや。今持ってる５
枚で良いんだね。」
「はい、すいません。ところで、文化祭のホールに居る部員の時間表の様なものが
在るって聞いたんですけど。」
「あぁ、出入口に貼って在るよ。何で、そんなの知りたがるんだい？」
「いやぁ、その時間にない部員は何やってるのかなぁ…って。今年は１年は殆どの
時間ホール常駐なんでしょ？」
「あぁ…可哀相だとは思うんだけど、此の部は何時もそうなんだ。本来、仕事がき
つい部でも無いんだが、文化祭はね…俺達も殆ど他の部の展示なんか見れなくてね。
まぁ、常に人が出入りして音を鳴らしてる状態なもんで、誰か部員が数人居て欲
しいのが現実だからね。」
俺は適当に挨拶して文化祭の部員時間表を確認した。
確かに美穂ちゃんは午前１時間、午後２時間の割当がされており、ゆっくり全校
を回るような事は出来ない様だ。
あれ？此の時間帯は…美穂ちゃん、午後は最後の当番だな。
よし、良い具合だぞ。
俺は、必要な情報を仕入れ終わったので、帰宅する事とした。
１９９Ｘ・１１・０３（金）
０９：５０
あっ！
という間に当日になって仕舞った。
俺はと云うと問題のテープを作成する事に集中し、他の事は一切憶えていない。
取り敢えず、放送室から借りたＣＤはしっかり返した事は憶えているが…
俺は約束通りに水泳部に行った。
舞ちゃんは…居た。可愛いウェイトレスさんぢゃないか。
…あれ？でも何か浮かない顔だなぁ…
「舞ちゃん！来たよ。一寸早かったかな？」
「あ、拓郎君。うぅん、良いわ。用意してくるね。」
舞ちゃんは、さっきとは違う晴れやかな顔で奥に引いて行った。
俺は不審に思い、他のウェイトレスをしてる部員に聞いてみた。
「お姉ぇさん、一寸、良い？」
「あら？貴方、拓郎君ね。桜木さんが待ってたわよ。」
「うん、舞ちゃんなら今、着替えてると思う。それより、今まで何か在ったの？舞
ちゃん、浮かない顔してたけど…」
「さすがに良く見てるわね。在った…と、云うより無かったのよ、何にも。」
「無かった？何？それ…」
「うん…だからね、もう桜木さんの事は有名だから、誰も彼女に注文とかしないで
ね…完全に『壁の花』よ…此処まで来ると可哀相だけどね…でも、貴方なら校内じ
ゃ彼女より有名だから、気を解してあげられると思う。お願いね。」
そんな事、頼まれるまでも無い。着替えが終わり、出て来た舞ちゃんを連れて、
教室を出て仕舞った。
「どうしたの？そんなに急いで…」
舞ちゃんが驚いたように聞いてきた。
「文化祭ってのは、楽しく過ごすモンだ。一刻も早く文化祭の楽しさを舞ちゃんに
も知って欲しくてね。」
俺は、微笑んで云うと、校内を周り始めた。
『桜木家の御嬢様』と『先負高の問題児』のカップルは目立つらしく、どの店に
行っても注目を浴びて回る事となった。
「舞ちゃん、こういう時には、また別の楽しみ方をするもんだぜ。」
俺は、また微笑んむと、店の中でシャウトを上げた。
「今日は年に一度の祭の日だ！みんな！楽しんでるか〜！」
やっぱり！思った通りだ。部活にしろ、クラス展示にしろ、数少ない『お祭り』
野郎どもが主だってやっている様だ。（まぁ、俺を注目する辺りで気付いていたが）
俺のシャウトに殆どの連中が答えてきた。
俺は、そのノリを保ったまま、売店では値切り、展示では冗談を交えながら見学
を続けた。
「な？注目されたら、されたで楽しみ方が在るもんだよ。」
俺は、舞ちゃんに笑いかけながら、云ってみた。
「そうね、勉強になっちゃった。」
「水泳部で舞ちゃんが元気無さそうだったけど、それも同じさ。楽しもうと思えば、
楽しめない事は無いんだよ。」
「うん、判った。午後は水泳部でも『私から楽しんで』見せるから、きっと来てね。」
「当然！まだ、水泳部では何も注文してないんだから。」
俺達は、笑いながら次の展示に向かった。
放送部（ダンスホール）だ。
丁度、ディスコアレンジがかかってる様だ。
「舞ちゃん、入ろ！」
「でも、此の曲…踊れないわ、私には。」
「大丈夫だってば。ディスコアレンジなら曲の中で思うように踊れば良いんだから。」
俺は、強引に連れ込んで、踊り始めた。
最初は戸惑っていた舞ちゃんだったが、さすがに周りの連中の動きを見て、踊り
だした。
「何だ、巧いじゃない。今度一緒にディスコでも行く？」
「うふふ、明るい内ならね。」
…此れって…ボケなのだろうか、断られてるのだろうか…
適当に踊って疲れたので、学食に行って軽い昼食を取る事にした。
「はい、舞ちゃん。焼きソバで良かった？」
「ええ、有り難う。えっと…」
「おっと！今は、俺がエスコートしてるんだから、余計な事は云いっこ無しだよ？」
「ふふっ…はい、じゃぁ頂きましょ。」
そろそろ１２時になろうとしていた。舞ちゃんが水泳部に向かう時間になったの
で別れようとした時、何処からか聞き憶えのある気障ったらしい声が聞こえてきた。
「舞、何でこんな奴と一緒に居るんだ！？拓郎、貴様とっとと舞から離れろ！」
「ちっ、面倒臭い奴が来たな…舞ちゃん、送って行けなくて御免。ちゃんと水泳部
で『楽しんでる』かどうか確認に行くからね。」
「ええ、待ってるわね。」
舞ちゃんは離れて云った。
「そらみろ、舞はすぐに離れた様だな。貴様ももっと分相応な相手を捜せ！」
「貴様の知った事か！それより伝治、貴様こそ文化祭に一人歩きか…寂しい奴め。」
「僕の名は健二だ、け・ん・じ！僕はこんな庶民の祭には興味が無いだけだ。すぐ
に帰る。自宅ではもっと豪華な食事も待ってるしな。」
…ふん、勝手にしろ。俺はさとみとの待ち合わせまでの間、どうするか、考えて
いた。
「おぅ！こんな所にいたのか！探したぜ。」
「なんだ？一哉、俺なんか探してどうするんだ？」
「いや、お前が寄る所全てが盛り上がってるってんで、一緒に楽しませて貰おうと
思ってな。」
「まぁ、今は暇だが…１時には待ち合わせがあるからそれまでだぞ。」
学食からでた所で、見学に来てたらしい女の子とぶつかって仕舞った。
「きゃっ！」
「あ…御免、大丈夫？」
俺は手を貸して、立たせてあげた。
「有り難う御座います。えっと…此処の方ですか？」
「ああ、俺は１−Ｂ、拓郎。こっちは同じく坂上一哉」
此の娘も可愛いな。茶色い髪の毛は二つの三編みで束ねられ、ソバカスも可愛く
見せるアクセントになってる。中学生くらいかな？
脇から一哉も見とれてる様子だ。
「おい、此の娘、可愛いよな。拓郎、俺の好みだ、協力しろよ。」
「判ったよ、さっき云ったろ。俺には待ち合わせが在るって。お前が校内を案内出
来る様に運ぶから後は勝手にしろよ。」
「感謝する。」
「あの…？」
「いや、何でもない。で、君の名前は？」
「はい、仁科くるみと云います。来年、此処を受験する積もりで見学に来たんです。」
「そうか、丁度良いや。俺達もそろそろぶらつこうかと思ってたんだ。一緒に見て
回ろうよ。」
「くすっ…はい、じゃぁ学校案内お願い出来ます？」
「Ｏ．Ｋ．」
俺、一哉、くるみちゃんの３人でまた学内を周り始めた。
展示や店を幾つか回り、そろそろ１時になろうとしていた。
「一哉、じゃぁ、俺は待ち合わせが在るから、後はしっかりくるみちゃんをエスコ
ートしろよ。」
「あぁ、感謝！そっちも巧くやれよ。」
「くるみちゃん、途中で外れるけど、御免ね。御詫びに良い事教えたげるね。最後
まで居れば面白い事も起きると思うよ。」
「拓郎、やる気か？」
「さぁてね」
不思議な顔をしたくるみちゃんを残して、俺は正門に向かって行った。
俺が正門に着いて一寸した頃、さとみがやって来た。
「今日はとことん奢らせるわよ。覚悟なさい。」
「げっ…」
まぁ、何時かは返さねばならない借りだ。しょうが在るまい。
先ずは、腹拵えと云う事で、美穂ちゃんからも誘いのあった『陸上部』に行って
みる事とした。
「よぉ、美沙。」
「ん？なんだ、拓郎か…あれ？さとみと一緒なんだ。舞と一緒って聞いたんだけど…」
「ふぅん…午前中は舞と一緒だったんだ。変な事してないでしょうね？」
「さとみ、拓郎のする事だぜ？噂じゃ校内中目立って廻ったって話だぜ？」
「俺は、別に文化祭の楽しみ方を実践してただけだ。まだ、何もしちゃいない。」
「まだ？」
あ…ヤバい。さとみと美沙の声がハモった。
「これからの予定もあるのね…。私は巻き込まないでよ。」
「お前、体育祭から懲りてないな…どうして美穂はこんな奴…」
二人から同時に突っ込まれて仕舞った。兎に角、話を反らさねば。
「美沙、適当に２人前頼む。」
「ふぅん…判った。」
…ん？何か美沙が笑って行った様だが…
美沙の笑顔の正体が判ったのは、注文したおでんが出て来た時だった。
「…おい、美沙。何だ？此の俺の分の量は…さとみと俺で２人前と云った積もりだ
が、俺のだけでゆうに３人前くらい在りそうじゃないか。」
俺の苦情に、美沙は御盆を抱えて机に近付いてきた。
「黙って食べとけよ。今、美穂が手伝いにきててね。
この間、お前と美穂と話してた途中で入った時に、美穂が暇な時間帯に手伝って
くれる様に頼んだんだけど…お前との約束でも在ったのか、最初は渋ってたんだ。
所が、すぐ戻ってきて今度は引き受けてくれるって言い出すし…
お前が他の誰かと約束しちまったって訳だ。
そこへ、午前中は舞と楽しんでるって話だし、しかも、放送部にまで行ってるん
だって？」
「ふぅん…美穂がこんな事するなんてね。拓郎、黙って食べなさい。女の子は怒ら
せると恐いのよ？」
さとみまで追い打ちかけやがった。
うっ…しかし、美穂ちゃんが妬いてくれてるのかな？…まさかね…
しかし、俺は既に舞ちゃんと焼きソバ喰ってるんだよなぁ…
やっとの事で食べ終わり、『陸上部』を後にした。
横ではさとみが笑いながら着いて来ている。
「さて、まだ奢らせ足りないなぁ…『水泳部』でも行こうかな。」
「さとみ、勘弁してくれ。」
「あら？行くって約束してないの？舞と。」
「…約束はしてるけど…最後に行くさ。折角行っても、何も頼めそうに無いから。」
さとみはまた笑い出した。
その後、幾つかの展示・ゲーム・店等を廻り小一時間位経った後、俺に云った。
「じゃぁ、これで職員室寄って帰るわね。本当はもっと奢らせる予定だったんだけ
ど…バイトが急に増えて。ま、私の都合で帰るんだし、この間の貸しはこれで終わ
りにするわよ。此れ以上居ると、拓郎の起こす『何か』に巻き込まれそうだし。」
「そうか…じゃぁ予定より一寸早いかも知れんが、行動を起こすかな？」
俺は、出席を取り終えたさとみを見送った俺は、放送部を覗き、美穂ちゃんがホ
ールに居る事を確認してから、在る場所に向かった。
今回は資材の関係で展示場にされ無かった部屋『放送室』だ。
放送室ではこの２週間で作成したテープを機材に入れ、アンプの電源を入れた。
スピーカの出力範囲は校舎内全域にセットし、テープを回した。
突然、ディスコ調の曲が校内に放送されたモンだから、驚かない奴は居ない。
すかさず、俺のシャウトをかぶせる。
「みんな！年に１度の祭だ！楽しんでるかい？今日、俺『拓郎』の出し物はこれだ！
放送部出張サービス！此の曲を聞いて踊りたくなった奴は何処でも構わない、踊
り出せ！放送部のみんなもこれを『迷惑』と考えず、『学校中を見回る好機』とし
て活用してくれ！校舎内なら何処にでも流れてるぜ！」
俺の作ったテープは１時間、最初のディスコが約４０分、次のフォークダンスが
１０分、最後のチークも１０分程度の配分である。
前回、無線機を使って不特定の位置から放送室を使った事を考えてか、教官は学
校中を捜しまわっている様だ。此処に来るまでの時間もかかっている。
此処で捕まる訳には行かない。放送室の鍵をかけ、一応の防護をしておく。
ディスコアレンジが終わり、フォークダンスが流れてきた。
周りの反響は…笑い半分、脱力半分と云った所か…
「これは確かにフォークダンスだが、呆れる前にお互いのダンスパートナーを探し
て置いた方が良いぜ！この先も在るんだから。」
俺の場所を捜し当てたのか、放送室の扉を叩く音がする。
扉の隙間から覗いてみると、やはり、教官が数人集まっている。
「悪い、今日は全て終わってから出頭するから、勘弁！」
扉越しに云ってみたのだが…以外に素直に引いて行った。一言、
「お前の事だから、『出頭する』と云えば必ず来る。待ってるぞ。」
とだけ残して…
そして、最後のチークに入った。
「さて、本日のメイン、チークダンスだ。しっかりパートナーは見つけたかな？
存分に楽しんでくれ！」
１０分後…全てのテープの放送が完了した。
「今日は、これで最後だ。みんな！俺の企画に乗ってくれて感謝する！またな！」
俺はカセットを取り出し、アンプの電源を落とすと、放送室を出た。
「あ、まだ『水泳部』に行って無いな。」
俺は思い出した様に云い、『水泳部』に向かった。
『水泳部』に入ると、舞ちゃんの飛び切りの笑顔が飛び込んできた。
「拓郎君、いらっしゃい！」
「やぁ…楽しんでる様だね。」
「ええ、貴方のおかげよ。待ってて、今、特別製の作ってあげるから。」
…？特別製？何か引っかかるな…気のせいか？
「拓郎君、桜木さんに何したの？」
さっき、此処で舞ちゃんの事を教えてくれたお姉ぇさんだ。
「何って？俺は『目立つなりの楽しみ方』を教えただけさ。」
「そう…桜木さんってば、帰ってくるなり、私達を呼ぼうとしたお客さんに自分か
ら注文取りに行ったり、元気に振る舞うようになっちゃって…ただ…」
「ただ、何？」
「ただ、貴方の放送が始まって…そうね、チークになった時、一寸怒ってた風に見
えたわよ？貴方が誘ってくれないからじゃないの？」
「はい、拓郎君。特別製スパゲッティ。残さず食べてね。」
にこやかに差し出すその皿には…３〜４人前にもなろうかという量のスパゲッティ
が盛り付けられていた。
「…あの、舞ちゃん？」
舞ちゃんは俺の対面に座ると、笑いながらポツポツ云い始めた。
「拓郎君ってば…此処に来てくれるって云ったのに、なかなか来てくれないし…
此の悪戯だって、ホールから自由に出られない『放送部』の為にやったみたいだ
し…私は誘ってくれないし…。」
…恐い。いや、マジで。
俺は兎に角、これを残す訳にはいかないと悟った。
周りでは、他の部員が「これで作り残しが無くなった」等と喜んでる…あのなぁ
やっとの事で食べ終え、地獄の苦しみの中、職員室に向かった。
職員室では「待ってたぞ！」と云う勢いだったが、俺の様子を見て説教するのを
諦め、保健室送りとなった。（今回も一応大混乱は起きて無いので厳重注意で終わ
りらしい）
保健室では真子先生が待っていた。
「学食の焼きソバとおでん・スパゲッティを３人前？それじゃぁお腹も壊すわよ。
取り敢えず、胃薬あげるけど、治らない様なら…そうね、先負駅のすぐ北にある
薬局知ってる？彼処に行きなさい。明日は学校は休みだし…」
取り敢えずは楽になったので、一旦帰る事にした。
１９９Ｘ・１１・０４（土）
０９：５０
昨日の後遺症か、未だ腹痛がする。
真子先生に教えて貰った薬局に行くことにしよう。…『蓬莱堂』、此処だな。
「いらっしゃい。」
おや、綺麗な人だな。黒髪を肩で揃えて、一寸垂れ目だが『可愛い』感じがする。
「あの…胃腸薬、在りますか？」
「あら？その声…拓郎君ね？」
奥から出てきたのは…真子先生だった。
「真子先生？なんで？」
「なんで？って此処、私の家よ。今日は学校が休みだから、此処の方がしっかり薬
を選べると思って案内したのよ。」
「真子姉さん。どなた？」
「姉さんって…真子先生の妹さんなの？綺麗な人だと思ったら…」
「亜子、この子が『先負高の問題児』、拓郎君。で、こっちは妹の亜子よ。此処は
私が校医してる間は亜子に任せてるの。」
「この子が拓郎君なんだ…亜子姉さんから話は聞いてたけど、随分な事してるみた
いね。」
「それより、胃腸薬か何か…」
「あぁ、そうだったわね。えっと…これ、呑んでみて？お昼頃には治ってると思う
から。」
差し出された薬を呑んだ。そこに亜子さんが聞いてきた。
「しかし、何でそんなになるまでお腹を壊したの？普通、一晩在れば治るんじゃな
い？」
「一寸ね、人間関係の難しさってやつでね。」
「あら？拓郎君？只の食べ過ぎじゃない様ね。話しなさいよ。何でそんなに食べた
のか。」
…俺は、在る程度内容を伏せたまま、昨日の事を話した（勘の良い真子先生は、
殆ど理解したみたいだったが）
…結果、亜子さんの爆笑を受ける羽目になった。
「亜子、笑いすぎよ。」
「だって、真子姉さん…話に聞く『先負高の問題児』が…女の子に負けて食べ過ぎ
だなんて…おかしくて。」
「ちぇ…」
俺は、家に帰る事にした。
部屋に戻ると、電話が鳴っている。
俺は電話は嫌いだ。親が「一人暮らしするんだから」と置いて行ったので、放っ
て在るが、こっちの都合も考えずに相手の顔も見ないで話すなんざ、出来るだけ関
わりたく無い。
放っておくかとも思ったのだが、一応出てみた。
「はい、拓郎です。ただ今留守にしておりますので…」
体よく断るにはこれに限る。ただ、今回は話してる最中に事情が変わった。
舞ちゃんの声が聞こえてきたのだ。
「あの…拓郎君、留守なんだ…。」
「あ、待った！切らないで。俺、電話が嫌いなモンだから、良くこんな感じに断る
んだ。」
「え？拓郎君？ご免なさい。いきなり電話しちゃって…」
「良いよ。で、何か用事？」
「うん…昨日の事、謝ろうと思って…お腹、壊してない？」
「大丈夫さ。…う〜ん、やっぱり電話は苦手だな。良ければ出られない？先負公園。」
「…ええ、良いわ。じゃぁ行くわね。」
俺は、昨日のテープを１０分だけ巻き戻し、ラジカセに入れて持って行った。
先負公園は、俺が住んでるアパートの丁度裏手になる。
当然、俺の方が早く着き、待つ形になる。
「ご免なさい、待った？」
「いや、今来たところ。」
「ご免なさい。昨日は…自分でも考えられないくらい無茶な事しちゃって…」
「良いさ、これも思い出。」
「昨日、一緒にホールに行った時、美穂ちゃんが私達を見てたの。出る時に…独り
言だと思うけど『私も一緒に居たかった』って聞こえて来て…
それを聞いてから、胸の辺りがモヤモヤして来て…あの拓郎君の悪戯を知ったと
き、『これは美穂ちゃんと関係在る』って思い初めたら…モヤモヤが強くなってき
たの。
そこに拓郎君が来て、何にも考えずに…あんな事しちゃって…」
もしかして、妬いてくれてるの…かなぁ…
「良いよ。それより、今日は文化祭の続きだ。御手をどうぞ。」
俺は持ってきたラジカセのスイッチを入れた。
丁度チークが始まる。
「え？踊った事無いわよ、こんな曲も…前のと違うし。」
「これはね…こう踊る曲なんだ。」
俺は舞ちゃんを強引に抱き寄せると、踊りだした。
「え？あっ！きゃっ！」
戸惑いながらも着いて来る。俺は１０分間の幸福に浸った。
曲が終わり、舞ちゃんを離すと、真っ赤になった顔で、
「恥ずかしい…」
とだけ云った。
「どう？今度こそ、付き合う気になった？」
舞ちゃんは、真っ赤な顔を更に赤くして
「…ご免なさい。やっぱりまだ…今日は帰るわ。また明日。」
とだけ云うと、走って帰って仕舞った。
…まぁ良いか、ドサクサに紛れて舞ちゃんと踊れたし。
俺も帰ろう。
振り返ると、ボンボンが青ざめた顔で立っていた。
「拓郎…貴様、舞になんて事したんだ！昼間から抱きついて…舞には手を出すなと
何度も云ってるだろう！貴様のような野蛮な問題児に舞は渡さん！」
舞ちゃんも帰ったな…この間から云われる一方だったからタマには返してやろう。
俺は余裕の笑みを浮かべて答えてやった。
「ふん…見てたのか、典司。舞ちゃんには貴様の様な『身分をひけらかす』奴より、
『気楽に付き合える』奴の方が合ってると云う事にまだ気付いてない様だな。」
半分はハッタリである。俺がこのボンボンと決定的に違う所は此処だから云って
みただけだ。
しかし、これを自信タップリに云った事で充分効果は在ったようだ。
「な…何を莫迦な事を…舞には家柄も容姿も才能も釣り合った僕が一番合うんだ！」
ボンボンは名前を訂正すらせずに、動転しまくっていた。
「勝手にそう思ってるが良いさ。まぁ全てはこれからの話だけどな…」
俺は『見下し笑い』って奴をふっかけて帰って行った…あぁ、気分良かった。
１９９Ｘ・１１・０６（月）
０８：２０
今日から通常授業だ。当分、目立った行事も無い。
ま、年中悪戯ばっかりしてると進級し損なうかも知れないし、タマには真面目に
なるか…
登校してきた俺は、後ろから女の子の声で呼ばれた。
「拓郎君！一昨日はご免なさい。お腹壊さなかった？」
美穂ちゃんだ。
「舞ちゃんとホールに来てた姿見て、一寸モヤモヤしちゃって…あんな事してくれ
るとは思って無かったから…他の先輩達も全然怒ってないわ。『文化祭を初めて堪
能できた』って…」
「美穂ちゃん、おはよう。別に良いよ。過ぎた事だし、思い出になるさ。」
「有り難う、拓郎君」
「拓郎！」
此の威勢の良い声は…美沙だな。
「美穂が喜んでるから良いけど、泣かすような事したら承知しないからな。」
俺にだけ聞こえるように一言だけ云うと、さっさと校舎に入って仕舞った。
美穂ちゃんも美沙に着いて行ったみたいだな。ま、良いか。
「よぉ！拓郎。一昨日はナイスタイミングだったぜ！」
今度は一哉か…千客万来だな。
靴を取り替え、教室に向かった。
「くるみちゃんと校内一周した辺りでお前の放送が流れて来たんだ。そのまま校庭
で一緒に踊ってさぁ…チークは…出来なかったけど。」
当たり前だ。初対面でチーク誘う莫迦が何処にいる！
兎に角、結構みんな楽しんだ文化祭だったようだな…さて、これからは何をしよ
うかな…
既に登校前の「当分真面目にする」を忘れていた俺であった…
Ｆｉｎ or ｔｏ ｂｅ ｃｏｎｔｉｎｕｅｄ
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