桜木家見合い騒動
１９９Ｑ・０５・１１（月）
１３：００
「見合いぃ？」
舞が云い出した言葉に、流石の俺も吃驚した。
「…そうなの、お父様が強引に。」
済まなそうで悲しそうな、何とも云えない表情のまま舞は俺を見ていた。
「元々、お父様は私が拓郎君とお付き合いする事には反対だったのだけれど、高校
生の事だし大学に入れば自然と別れると思って何も云わなかったらしいの。でも、
私達は同じ大学にも進学出来たし、そんな素振りを一切示さなかったから…」
そう、俺達は無事先負高を卒業し、同じ大学に進学する事が出来た。
決して成績が良かった訳ではない俺を家庭教師として、また恋人として支え、付
き合ってくれた舞には非常に感謝している。
しかし、そんな舞だからこそ他の男に渡す訳にはいかない。
「で？その場で断らなかったのか？」
「断ろうとしたわよ、本気で！」
と、舞は語りだした。
１９９Ｑ・０５・１０（日）
１５：００
昨日、一寸した用事で外出した帰り、部屋に向かう時に居間にいたお父様に呼び
止められたの。
「舞、ちょっと話が在るんだが此処に来なさい。」
「はい？何でしょう、お父様。」
お父様は私の前に幾つかの丁寧に装飾された写真を出したの。
「舞、お前も、もう年頃だし見合いの一つでもやってみんか？」
「私には既に決めた人がいます。お見合いなんてしません。」
「お前の付き合っているとか云う『拓郎』とか云う奴か？話には聞いているが、ト
ンでもない噂の持ち主ではないか。そんな奴に舞はやれん！」
「お父様！拓郎君は…私を選んでくれた時から変わりました。それに何より、私が
選んだ人なんです。」
「…しかし、その拓郎とやらはどう考えなているのだ？見合いの席が起きる様な事
を考えて無かった訳では在るまい。お前が桜木家の長子だという事は知ってるのだ
ろう？そんなお前の結婚相手は厳選される筈だと云う事すら考え付かない愚物なら
なおの事、桜木家の身内として受け入れる訳にはいかん。」
「・・・」
私が黙ってると、お父様はその写真を置いて部屋を出て仕舞ったの。
「舞、これからの事はお前とその、拓郎とやらと話して決めるが良い。」
とだけ云って。
１９９Ｑ・０５・１１（月）
１３：１０
「…と、云う訳なの。お父様ったら、私に見合いをする様に云ったのに、拓郎君と
話して決めろだなんて…なにを考えてるのかしら。」
舞は悲しい顔を崩さずに俺をじっと見ていた。
ふむ…確かにおかしい云い方してるなぁ。見合いを勧めるクセに俺にそれを隠そ
うとしないばかりか、『拓郎とやらはどう考えているのだ？』だの『話して決める
が良い』だの、俺がそれを邪魔しない方が不自然だとでも云ってる様だ。
当然、期待には答えるのが義理だよな。
「舞、その見合いの返事は何時迄にしなければいけない？」
「え？…えぇ、金曜日くらいには…」
「よし、判った。じゃぁ金曜日までに俺が何か考えよう。それまでは家に帰っても
普通に振る舞っててくれ。見合いの話は出ても今迄どおり『しません』で突っ張れ
るか？」
「その積もりよ。こればかりはお父様の云い付けでも絶対に嫌だから。」
「あと、その見合い写真を何でも良いから一枚貸して貰えないか？きちんと返すか
ら。」
「今は持って無いけど、明日になら渡せるわ。何をする積もり？」
「俺が一発逆転の名案を考えてやるのさ。確かに、親父さんの云うとおり、こんな
事は必ず起きると思ってたしな。」
俺はそれだけ云うと一旦アパートに帰った。
しかし…見合いか。邪魔する手だては幾つか作れるけど、それでは何の解決にも
なるまい。
ならば、見合いさせて仕舞った方が楽か…
まだ日は高いな。俺は出来るだけの事をしようと思って動きだした。
「あら、拓郎君。久しぶりじゃない。彼女は元気かしら？で、どうして此処が？」
「こんにちは、夏子さん。此処は前にバイトしてたブティックで聞いてきました。
で、今日は一寸お願いがあって…。」
そう、彼女の名は正樹夏子、高校最後の夏休みに出会った女性だ。
俺の親友、坂上一哉が休み前に見つけて一目惚れした相手だが、結局『お友達』
と切り捨てられ、その上それが奴の彼女『仁科くるみ』にバレて立場を弱くした…
と云う愉快な経緯の内に知り合いになった。
「ふ〜ん。まぁ良いわ、入って。今の拓郎君なら部屋に招いても安心だし。」
…そう、俺は変わった。先負高入学当初、いや、中学時代から女性関係には事欠
かない位の『問題児』だった俺は、高３の夏休み最後の日、舞を恋人に選んだ時か
らすっかり変わって仕舞った。
他に付き合いのあった女の人には全て「恋人が出来たので、これからは友達とし
てしか付き合えない」と宣言し（その代わり、絶交宣言を喰らった事も在ったが）、
恋愛対象は舞だけと心に決めた。昔の俺からは考えも付かない事だ。
俺は夏子さんの部屋に入ると、昔の思い出話（聞いて驚け、昔は彼女とデートま
でしたんだ。夏のプール、綺麗な水着姿だったなぁ…ま、昔の事だが）をしていた
が、頃合を見て話を切り出した。
「今日俺が来たのは、お願いがあるからだって云ったよね。実は、舞が見合いをさ
せられそうなんだ。それに俺なりの自己紹介を加えたいんで、少し力を貸して欲し
いんだ。」
「へぇ…あの娘がお見合いかぁ。拓郎君も何か考えてるの？」
「当然、舞と付き合う事にした以上、絶対に『家の事情』は出てくるだろう。その
中でも『見合い』は俺達の付き合いに一番関わってくる事として前から検討してた
んだ。その中の一つを実行しようと思う。けど、その為には被服関係や見合い写真
なんかのエキスパートに手伝いが必要なんだ。」
俺は座っていた座布団から降り、座を直して改めて頭を下げた。
「此のとおり、俺と舞の将来の為にも力を貸して下さい。」
その姿を見ながら、黙っていた夏子さんだが、ため息をつきながら感心した様に
話し始めた。
｢あの拓郎君が私に頭を下げるとはねぇ…本当に変わったわよ、貴方。でも、恥を
忍んででも自分のやりたい事をする為に努力しようとするなら、それは『成長』ね。
…判ったわ。お手伝いするわ。何をすれば良いの？」
「先ず、至急に俺の見合い写真を取ってくれ。装飾のカバーは後で指定するから、
そのとおりに仕上げられる形で。あと、それ用と本番用の服が欲しいんだ。」
「見合い写真って…お見合いするのは舞ちゃんなんでしょ？何で貴方の見合い写真
が必要なのよ？」
俺は計画をつつみ漏らさず白状した。
「…拓郎君、凄い事考えるのね。やっぱり、貴方は変わってないのかも知れないわ
ね…いえ、やっぱり『成長した』んだわ。
兎に角、話は判ったから、学校の中でそっちを専攻してる友達に話をしてみるわ
ね。イザとなれば、私だってズブの素人じゃないけど、専門家の方が完璧よね。
後は服だけど、一寸立ってみてくれる？」
俺は云われたとおりに立ってみると、夏子さんがメジャーを持って来た。
粗方サイズを取り直すと俺に云った。
「大丈夫ね、一寸筋肉質だけど、標準よ。吊るしのでも何でも簡単な手直しで誂え
た用に見えるわ。それ位なら私にも出来るし。」
その後の事は夏子さんが明日、学校でその友達に話を付けてくれると云うので、
安心だ。今日の所は、する事もなくなったので適当に雑談をして帰る事にした。
１９９Ｑ・０５・１２（火）
１５：００
「はい、これ。何でも良いって云うから本当に適当に選んで来ちゃったわよ？」
舞が俺に見合い写真らしきモノを一枚手渡す。
「あぁ、別に誰の写真でも良いんだ。欲しいのはこのカバーのデータだから。」
「カバーの？拓郎君、今度は何を思い付いたのよ。」
そうだな、今回は舞にも共犯になって貰わねばいけない。俺は舞に全てを打ち明
けた。
「拓郎君って…凄いのね。当然、私の共犯にさせて貰うわよ。」
「で、今日は夏子さんの所に行って昨日の相談の結果を聞く積もりなんだけど…一
緒に行く？」
舞が頷くのを見ると俺は一緒に夏子さんの部屋に向かう事にした。
「はーい拓郎君、待ってたわよ？あら、今日は舞ちゃんも一緒なの？いらっしゃい。」
俺達は部屋に招かれると、見合い写真の見本を渡し、昨日の話をし直した。
「で、夏子さん。昨日のお願いですが…」
「あぁ、相談してみたら『今後の勉強にもなるからやらせて貰う』って。明日、早
速撮影に入るけど大丈夫？スタジオの方も抑えられたし。」
「はい、俺の体は良いけど…服が。」
「あぁ、そうね。じゃぁこれからデパートにでも行ってみる？舞ちゃんも一緒に行
って好みとかを教えてね。」
俺達は夏子さんに連れられてデパートに向かった。
「このデパートに出してる店が此の辺りで一番良さそうなお店よ。取り敢えずデザ
インとか見て気に入ったのが無ければ他に二〜三軒在るから回ってみましょう？」
流石にテキスタイル志望の夏子さんが認める店だ。センスが良い。
「拓郎君、これなんかどう？色合いも私、好きよ。」
舞ちゃんが見繕ってくれたスーツを見る。うん、確かに良さそうだ。
「そうだね、良さそうだ。一寸、試着してみるから待ってて？」
俺は試着室で着替えるとカーテンを開けた。
「うん、拓郎君。合ってるわよ？サイズはどう？少し大きめの方が良いんだけど…」
「…そうだね、これ位ゆったりしてれば良いんじゃ無いかなぁ。舞、どうだい？自
分でコーディネートしてみた結果は。」
「えぇ、良いわよ。拓郎君にぴったり合ってる。」
「じゃぁこのスーツにアレンジを少し変えて写真・本番と両方に使ってみようかし
ら？」
「夏子さん、そんな事出来るの？」
「私はプロ目指してるのよ？任せなさい。」
「俺が頼んだんだ。信じるよ、夏子さん。」
「それで良いの。私も今までの勉強の成果を見せる良いチャンスだわ。張り切って
やるから。」
俺は着替え直すと夏子さんが選んでくれたアクセサリを数点と併せてレジに持っ
て行った。
（流石に大学生にもなったし、多少の蓄えもする様になったのが幸いした）
買った服を持って夏子さんの部屋に着くと、夏子さんは俺に買ってきた服を着る
様に云い、改めて俺の寸法を取り直した。
「ふ〜ん、本当にイージーオーダーで済みそうね。撮影までには仕上げておくから、
今日はもう帰って良いわよ。明日はそうね、３時頃に矢吹町駅に来て。スタジオま
で案内するわ。」
そこまで云われると、確かにもうする事は無い。
俺は改めて夏子さんに礼を云うと舞を家まで送って帰る事にした。
１９９Ｑ・０５・１３（水）
１５：００
俺と舞は連れだって矢吹町駅までやって来た。
既に待っていた夏子さんから服を受け取り、そこから電車で４０分位の駅前にあ
るスタジオに案内された。
「此処がその友達が良く使うスタジオなのよ。勝手知ったる状態で機材も適当に使
えるから本格的な撮影まで出来るわよ？」
夏子さんの説明を受けながら歩くと、写真を専攻しているのでであろう、センス
の良さそうなお姉さんがこっちに手を振った。
「彼女が今回のカメラウーマン。モデル撮影を専攻してるんで、人を撮る腕は確か
だと思うわよ？これが、私のアパート近くで有名な『先負高の拓郎』君よ。」
「君が夏子からときどき聞かされる元『先負高の問題児』ね、よろしく。隣の女性
が今回の話になってる舞さんね、よろしくね。」
「今日は無理云って申し訳ないです。よろしくお願いします。」
俺が頭を下げて礼を取ると、お姉さんは吃驚した様に夏子さんに声をかける。
「話に聞いた『先負高の拓郎』君ってのは、そんなに礼儀の正しい子だったの？」
「拓郎君も成長したのよ。でも、大丈夫、奇抜なアイデアを出す問題児は未だ健在
だから。」
「そうね、だからこんな大仕掛を企むんだよね。」
結構好き勝手な事を云っている。まぁ否定はしないけど。
舞も隣で聞きながらにこやかにしているから、悪印象は持ってない様だ。
「じゃぁ拓郎君？夏子から受け取った服に着替えてらっしゃい。」
俺は云われたとおり控え室で服を着替え、スタジオに戻った。
それから２〜３時間は本当にモデルにでもなった気がした。
本物のモデルと違うのは「見合い写真」だけに愛想を振り撒かなくても良いと云
う事だろうか。
本物の見合い写真を撮る様な（と、云うか本物を撮る様にしているのだが）二眼
レフの写真機で数枚、一眼レフで１本位の写真を撮るとモデルはお役御免となった。
俺は服を着替え直し、スタジオに戻って来ると、お姉さんと夏子さんが相談して
いた。
「あぁ、拓郎君。此の写真だけど、カバーは昨日夏子が受け取った物と同じにして
良いのね？」
「はい、同じ仕上げにして欲しくて見本をお渡ししたんですから。」
「そう…明日の夜中までには夏子に渡しておくから、君は金曜日に夏子から受け取
ってね。」
「すいません、無理云って。」
「良いの。私だって元『先負高の問題児』が起こす悪戯の片棒を担げるなんて滅多
に無い機会だもの、楽しんでるわよ。本当、君は悪戯にも偽り無く一所懸命だって
事も判ったし。」
俺はお姉さんに改めて深く礼をすると、夏子さんの部屋に服を持ち帰り、舞を家
に送ると帰宅した。
１９９Ｑ・０５・１５（金）
１３：００
昨日は一日写真の仕上げ待ち状態だったので何もしていなかったのだが、今日も
俺は舞と連れだって夏子さんの部屋に向かった。
「あ、拓郎君。お早う。写真と服なら出来てるわよ。」
俺達は部屋に招かれ、服と写真を渡された。
「こりゃ凄い。さすがプロ志望、服は写真の時と随分印象が変わってるし、写真は
見本に持って来た写真とそっくりの装飾だ。」
「任せなさいって云ったでしょ？私達の手伝える事は此処までだからね、後は二人
で頑張るのね。あ、結果は報告なさいね。最低限の義務よ？巧く行ったら礼金をタ
ップリ貰うから、覚悟なさい。」
夏子さんはにっこり笑って俺達を送り出してくれた。
これからが本番だ。夏子さんやその友達のお姉さんの好意を無にしない為にも頑
張らねば、と俺達は決心を新たにした。
１９９Ｑ・０５・１６（土）
１３：００
舞が俺のアパートにやって来て、昨日の結果報告をし始めた。
「拓郎君の思いどおりの結果が出たわ。これから此処お見合い承諾の電話がくる筈
よ。電話嫌いなのは知ってるけど、今日はしっかり受け取ってね。」
俺達は電話が来るまでに詳しい話を聞く事にした。
１９９Ｑ・０５・１５（金）
１７：００
私はあの写真を持ってお父様の部屋に向かったの。
「お父様、お見合いの事でお話があります。」
「うむ、舞か、入りなさい。」
「拓郎君にお見合いの話をしました。拓郎君は私の事を本当に普通の娘として見て
くれてた様で、そんな事は全然心配をしてませんでした。それで、改めてその事を
考えて欲しいとお願いした結果、今日、云われました。『やっぱりお嬢様だったん
だね』って。もう彼は私を普通の娘として扱ってはくれないでしょう。それを思う
と…」
お父様は黙って私の話を聞いていました。
「それで、お父様。もう彼の事を一刻も早く忘れたいんです。それにはお見合いを
受けて嫁いだ方が幸せでしょう。」
「うむ、それで？」
「はい、頂いた幾つかの写真の中からこの方を選びましたので、この方とお願い出
来ますでしょうか？」
お父様は私が差し出した拓郎君の写真を開いてみました。
今までお父様は拓郎君の事を話でしか知らない状態だったので、写真に映ってる
のが拓郎君だと云う事には気付かなかった様です。
「舞がそう云うのなら彼が一番良い相手なのだろう。早速話を初めて仕舞うが舞、
本当に良いのだな？」
「はい、後悔はいたしません。」
「そうか…後は私と母さんでやるからお前は部屋に戻ってなさい。」
私がお父様の部屋を出るとお母様が心配そうに私を見ていました。
「舞、あれだけ慕ってた拓郎君をこんな一週間位で本当に諦めるの？」
お母様は本当に私と拓郎君の仲を心配してくれて、私達の味方だと思いました。
だから、お母様にだけは此の計画を話して協力して貰う事にしました。
「そう…そうなの。流石に拓郎君ね、凄い事を考えるわ。本当はお父様もそんな型
に捕らわれない人の方が好きな筈なんですけど…」
そう云いながらもお母様は私達の計画に協力してくれる事になりました。
１９９Ｑ・０５・１６（土）
１３：２０
「ただ、一応の形式だし、お父様にもバレない様に今日、お見合いの約束の電話を
してくれる事になる筈なの。」
舞の説明が終わると丁度電話が鳴り出した。
「はい、拓郎です。」
「お世話になっております、桜木ともうしますが…」
俺は受話器の口を抑え、舞に合図した。スピーカーからも電話の声が聞こえる様
にセットし直して会話を始めた。
「舞…さんのお母様でいらっしゃいますか？何時も娘さんにはお世話に…」
「こちらこそ、何時もお世話になっております。早速ですが、お見合いの件で。」
「はい、こちらは何時でも結構です。ただ、こちらの都合としまして、こちらの両
親は欠席させて頂く事と、舞…さんのご両親にも早々の退席をお願いしたいのです
が。」
「それは心得ております。では、日時はこちらで決めさせて頂きます。決まり次第
改めてご連絡差し上げますので、今日の所はこれで失礼いたします。」
電話を着ると、思わずため息が漏れた。
「お疲れさま、使い慣れない言葉遣いで本当に疲れたでしょう？」
「あぁ、こんな会話はするモンぢゃないな。本当に疲れたよ。でも、舞のオフクロ
さんも疲れたと思うぜ？」
「何故？」
「電話の会話、聞いたろ？ありゃ、誰かが脇に居たな。どんな会話だったのか、受
け答えだけじゃ判らない様に答えてるよ。相手が既に舞を知ってる人間である事を
隠しながらの会話だったと思うぜ？
兎に角、見合いの本番が待ってる。多分、今日帰ったら親父さんからか日時場所
を伝えられるだろうから、俺にも事前に知らせてくれ。」
舞が頷くのを見ると、俺は本番での簡単な段取りを打ち合わせ、ある程度時間が
過ぎた頃、舞を家まで送って行く事にした。
１９９Ｑ・０５・２５（月）
１３：００
あれからすぐに見合いの日取りは決まった。翌日には俺にも正式に連絡があり、
それが今日である。
俺は桜木の系列にもなるホテルの一室に、舞が選び夏子さんがアレンジしてくれ
たスーツを着込み参上した。
まだ桜木家の人は来てない様だ。少し待ったが、程無く舞とその両親と思われる
人物が現れた。
「これはこれは、良くおいで下さった。私が桜木舞の父です。」
この挨拶を筆頭に四人はそれぞれ挨拶をした。
（俺と舞の挨拶が白々しいの何のって、お互い吹き出すのを堪えた位だった）
「今日は私の両親の方が都合により欠席させて頂きました失礼をお許し下さい。」
「いや、こちらの都合で日程を決めたので仕方無いでしょう。こちらも申し訳無い
が早々に出向かねばならん所用が出来て仕舞ったので、舞と二人になって仕舞いま
すが、失礼の段、お許し下さい。」
舞の父親が挨拶をすると、舞の母親は俺に向かって合図をした。
舞の母親の細工は成功した様だ。
幾らか舞の両親と話た頃だろうか、不意に舞の父親が時計を見て云い出した。
「あぁ、先ほど申し上げた所用の時間になって仕舞った様だ、私達は失礼するが君
は舞と居てくれ賜え。」
「はい、舞さんと少しお話をして、その後どうなるかに選ってはお宅様へお伺いい
たします。」
「あぁ…待ってるよ。では、失礼。」
余程急いでいたのだろう（それだけ舞の母親の細工は巧かったのだろう）、舞の
父親は挨拶が済むともう部屋から出る体勢を作っていた。
しかし、「待ってる」か…ふん、流石に桜木家当主だな…トンだ食わせ者だ。
帰り際に舞の母親が「所用」は大体６時頃に終わると教えてくれた。桜木邸に
はそれ位に着けば良い様だ。
俺は舞の母親に改めて礼を云うと、舞と二人切りになった。
「拓郎君、巧く行ってるわ。このままお母様が教えてくれた時間に家に戻ればお父
様も許してくれるわよ。」
そうかな…まぁ最悪の事態は起きないだろう。そうであれば、此処まで進む筈は
無いのだから。
兎に角、これから戻る時間を含めても４時間は空きが出来た。久しぶりに舞とデ
ート…と、云ってもこの格好じゃぁ行ける場所なんてたかが知れてるか。
…構うモノか。やっぱり外に出て普通のデートをしよう。
街での俺達は注目の的だった。
そりゃそうだ、両方とも見合いの格好のまま、ゲーセンで対戦したり、映画館に
入ったりしたのだから。
そろそろ５時半、今から桜木邸に向かうと丁度良い頃かも知れない。
俺達は公園のベンチに座り、最後の打ち合わせをした。
「さて、舞。最後の確認だ。このまま俺のシナリオどおりだと桜木家に二人で行っ
て親父さんの許しを貰ってから俺の正体を打ち明ける…と、そのまま婚約の許しを
得たまま付き合う事になる。」
「えぇ、そうね。」
「舞は後悔しないね？俺が相手で。」
「しないわ、絶対。此処で迷って仕舞う方が後悔の元になるもの。」
「判った。じゃぁ最後の仕上げ、親父さんとの対決に向かうか！」
「えぇ、行きましょう。」
丁度６時、俺達は桜木邸に着いた。
隣の舞は幾分緊張している様だ。無理もない、実の父親相手に一生モノのペテン
をかけようと云うのだから。
俺達は家に入り、舞の父親の部屋に向かった。
「お父様、舞です。ただ今帰りました。彼も一緒です。」
「うむ、居間に行っておれ、私もすぐ行く。」
舞の父親の言葉に従い、居間に向かう。途中、舞の母親と合流して合図し会う。
此処までは順調、後は舞の父親が何時動くかだな。
居間に付き、出されたお茶を飲み切った頃、舞の父親が現れた。
「うむ、どうやら話はまとまった様だな。」
「はい、桜木さん。舞さんと結婚を前提に付き合わせて下さい。」
座布団から降り、座を直すと頭を下げた。
「うむ…舞をよろしく頼むぞ、拓郎君。」
「えっ！？」
不意に舞の父親が俺の名を呼んだので、舞は驚いた様だ。
「やはり、気付いてたか…なら、もう上品ぶりは辞めましょうか、親父さん。」
「な…何？」
俺が父親の態度に驚きもせず対処しているので、今度は舞と母親の両方が驚いて
いた。
「ん？拓郎君、私が君の事を気付いていた事を知っていたのか？何時からだ？」
「確信を持ったのは見合いの席上、親父さんが退席する際に『待ってる』なんて云
って帰った時だけど、元々は此の見合い話が出たときから…かな？
早い話、此の見合い事態が『俺への試験』だった訳でしょ？」
「気付いておったか…君も、なかなかやるな？」
「親父さんこそ…演技力も大したモンだったぜ？」
「拓郎君、お父様、どういう事なの？」
あまりの成り行きに状況を掴み切れてない舞が説明を求めた。
「つまりは、こういう事さ。
親父さんは、俺を舞の相手として、引いては桜木家の一人としてやって行けるか
どうかの試験を課したのさ。それが此の見合い話。尤も、俺がしくじれば本当に見
合い相手と結婚させる積もりだったろうけどね。
舞も最初に気付いてただろ？普通、娘に彼が居るのに強引に見合いをさせる場合、
彼の方は無視されるモノだ。だが、俺の考えを心配したり、話して決めさせたり、
俺の方を基準に考えて話が出てた。
つまり、これは見合い話を俺がどんな方法で破壊するかを見る為のモノだ、と。
そこで、俺が普通に見合いをブチ壊せば『桜木家を考えない思慮深さの無い者』
と云う事で、失格する筈だった。
だが、俺は見合いを壊す事無く親父さんに紹介させ、婚約の承諾も得られた。
『合格』って事さ。だろ？親父さん。」
「そうだな。しかし、こうも完璧に読まれてるとは思わなかった。『どうせ舞の彼
を興信所で調査させてる筈だ』程度しか考えてないと思ったのでな。」
「そこまで頭が回れば次に行けるさ。俺の顔を知っておきながら、見合い写真を見
てそれを承諾したのは何故か？って疑問に行き着くんだから。」
「なるほどな、完敗だ。君になら舞を任せられると思う。いや、私も君が欲しくな
ったぞ。卒業後、その頭をウチで使ってみんか？いや、使ってくれ。」
「そうだな…それも面白そうだけど…取り敢えずあと３年以上は学生の身分だから
な、考えさせてくれよ。」
脇で説明を聞きながら状況を掴み始めた舞と母親はやっと笑いだした。
「じゃぁ、このお見合いはみんなお芝居だったの？」
「芝居自体はな、しかし、その芝居を始めるまでが重要だったのさ。」
話も粗方終わり、俺は家に帰る事にしたのだが、舞が何となく釈然としない様だ
った。俺は帰り際、舞を抱き寄せると一言云った。
「舞、難しい事は考えるな。今は一つの事だけ憶えていれば良いんだ。俺達は親の
許しを得て婚約したって事をね。」
その一言で舞の機嫌も治った様だ。そう、これからは正式な婚約者だ。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
それから数年後…俺は舞の父親の勧めるとおり桜木の系列に就職した。
場所は…遊園地だ。
園長の下、俺の出す企画は当たり続け、園長も俺に此の遊園地を任せる積もりに
なっているらしい。
最近は、舞も俺の企画立案の補佐をし始め、俺達は幸せに過ごすようになった。
舞も昔、初めて遊園地に来た頃の事を完全に思い出したのか、口癖になった言葉
が出来た。
「拓郎君、今度の夏休み用企画なんだけど、アウトライン組み立てたから見て貰え
る？」
「ん？あぁ貸してごらん。…まぁ大体良さそうだね。帰ったら煮詰めてみよう。」
「うん…ふふっ。」
「何？どうしたのさ。」
「うぅん…昔、此処が嫌いだった事を思い出して…」
「あぁ、そうだったね。特に観覧車なんかは最初のデートでは乗ってくれなかった
モンなぁ…」
「もう…それは云わないでったら。でも私、今とっても幸せよ。
大好きな拓郎君と、大好きな遊園地で働けるんですもの。
貴方と初めて逢った、高校の入学式前日、あの日から私は幸せに向かい出したの。」
「そうだな…じゃぁその大好きな遊園地を盛り上げる企画をもっと考えなきゃな。」
「えぇ！私、遊園地って大好き！」
Ｆｉｎ
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