高校生体育事情
１９９Ｘ・０９・１１（月）
１２：４０
二学期になった。
俺はと云えば、入学早々起こした連続悪戯により「先負高の問題児」の名を欲し
いままにしている。（まぁ、細かい悪戯は年中やってるが）
一学期終わり頃から俺は保健室で時間を潰す事を楽しみにしていた。
何よりも、此処には先負高一の美人教諭「斉藤真子」先生が居る。
俺は入学早々の問題児でもあるし、此処は基本的には進学校なので暇潰しに保健
室に来る様な奴は居なかったらしく、俺の事を警戒していた真子先生だが、最近は
在る程度は信頼してくれる程になっていた。
「そう云えば、もうすぐ体育祭ね。貴方は何種目出るの？」
「あぁ…そう云えば、今日のＬＨＲで決めるって話を聞いたなぁ。真子先生は此の
時期は忙しくなるんでしょ？」
「ええ…他の時期よりは…ね。でも、此処の生徒は怪我を恐れずに危ない事まです
る様な子は余り居なかったから、そうでも無かったけど。今年からは、貴方がいる
から一寸心配ね。」
「酷いなぁ…俺は、確かに無茶もするけど、怪我するほどドジじゃ無いよ。」
「あら？判らないわよ？そうやって、自信過剰な子ほど怪我し易いんだから。」
「ちぇ…」
等と話していた所に、５限の予鈴が鳴り始めた。
「あらら…さて、頑張って楽な競技１種目位に抑えるかな」
「あらあら、お祭好きの貴方の台詞には聞こえないわね。頑張ってきなさい。」
真子先生にはハッタリは効かないか…照れ笑いで胡麻化して教室に向かった。
「…と、云う訳で、来月１０日に行われる体育祭の種目として、１年次は１００ｍ
・２００ｍ・男女混合４００・スゥエーデンリレーの第２走者が在ります。
まず、スゥエーデンリレー・４００の代表を選び、残りを２等分して１００と２
００に出場して貰います。」
委員長の台詞に、俺は迷わず男女混合が一番美味しいなと思っていた。
「では、先ず立候補ですが、誰か希望はありますか？」
待ってましたとばかりに男女混合に立候補する。周りを見ると…何だ？やる気の
ある奴は…俺だけか？
あ、一哉も手を上げて来た。まぁ、やると思ったが。
男女混合の欄に俺と一哉の名前が書かれる。他に女子の立候補は居ないかなぁ。
「はい。男女混合リレーに立候補します。」
美穂ちゃんだ。周りが驚きの色を見せる。それもその筈、中学時代は内気で通っ
ていた彼女だ。放送部に入部してから明るくなったと評判だが、まさか体育祭に積
極的に参加するまでとは誰も思っていなかったからだ。
もしかして…俺が決定したからだろうか？兎に角、嬉しい話だ。
他に、女子の立候補とスゥエーデンリレーの候補が居なかったので、推薦となっ
たのだが、俺は迷わずスゥエーデンリレーにはボンボンを推薦した。
「何故この僕がそんなものに出場しなければならないんだ！？」
まぁ、予想通りの反応だ。当然の様に切り返す。
「人の上に立つ者は、時にはその実力で人望を得るものだろ？スゥエーデンリレー
は体育祭の花形だぜ？絶好の好機じゃないか！」
…と、此処まで云われては引き下がる事は出来ない。プライドの化け物ってのは
扱い易くて良い。
女子は推薦も無く（全く、つまんねぇクラスだな）体育の時の記録順でさとみが
候補になった。
放課後、取り敢えず男女混合の選手だけで集まって話した。
「まぁ、さとみなら滅多なドジは踏まねぇから大丈夫だな。」
「なによ。貴方と一緒にしないでよね。…でも美穂、貴方大丈夫？」
「うん。大丈夫、だって…」
「まぁ、美穂の好きゞだから良いけど、拓郎には深入りしない方が良いよ」（ﾎﾟｿｯ）
「えっ？さとみちゃん…そんなんじゃないから…」（ﾎﾟｯ）
「え？美穂ちゃんどうしたの？」
「ううん。何でもない。」
「しかし一哉、何でお前まで立候補なんだ？一応聞いておくが。」
「そりゃお前、決まってるじゃねぇか。お前と同じ種目なら楽しめると思ったから
だよ。」
「一哉君？貴方と拓郎がどんな楽しみ方しても良いけど、こっちに迷惑はかけない
でよね。」
「だからよぉ、別にさとみに迷惑かけるような事は…」
「『した憶えが無い』とは云わせないわよ！」
「兎に角、明日辺り軽く流してみようか？」
「巧く話し反らしたわね…まぁ、私は良いけど？」
「俺もかまわんぜ。」
「私も良いよ。」
「よし決定！明日日の放課後着替えてグラウンド集合！解散！」
俺は、今日の所の解散を宣言すると、鞄を取ってさっさと帰って仕舞った。
１９９Ｘ・０９・１２（火）
１２：４０
「…と、云う訳で今日は軽く流してみようと思うんだけど、あんまり盛り上がらな
い感じだなぁ…体育祭っても。」
俺は、何時もの如く保健室で真子先生と話していた。
「だから、今までの此処の子達は余り熱心じゃ無かったって云ったでしょ？貴方が
盛り上げて頂戴。」
「まぁね、只で終わらすには勿体無いイベントだからね。」
「まぁ。『盛り上げて』とは云っても『悪戯で』とは云ってないわよ。」
「体育祭をブチ壊す様な事したら、承知しないからな！」
突然、ドアの方から女の声で女の子らしくない台詞が聞こえた。
振り向くと、下ろせば背中まで届きそうな髪をポニーテールに纏めた、イキの良
さそうな女の子が立っていた。今までの系統と一寸違うが美形には間違いない。
「さぁて、ブチ壊す程の事をするかどうかはこれから決める事だが…お前は？」
「気安く『お前』なんて呼ぶなよ。私は田中美沙。お前が拓郎か。さとみから話は
聞いていたけど、思った通りの奴だな。」
「美沙こそ、俺をお前呼ばわりするじゃないか。さとみから話を聞いたって事はお
前も１年か。」
「今度は呼び捨てか…兎に角、運動会でふざけた事したら承知しないぞ！…どうし
て美穂はこんな奴…」
美沙はブツブツ云いながら保健室から出て行って仕舞った…何しに来たんだ？俺
と話してるうちに、本来の目的を忘れたらしい。もしかすると、結構短気なのかも。
そのまま、取り留めもない話をして昼休みを終え、午後の授業もそこそこに放課
後になった。
着替えてグラウンドに出た所で、陸上部の練習が出ていた。
俺は顧問に掛け合い、取り敢えず部の練習を邪魔しない事を条件に今日は小一時
間ばかりの練習許可を取った。
俺は、入学式の時から問題が絶えない奴では在るが、職員室では俺のそういう所
が受けてるらしく、こう云った駆け引きは得意分野である。
あ、美沙と目が合っちまった…別にやましい事も無し、気にしない事にしよう。
そうだ、美沙はさとみと知り合いらしいな。一寸聞いてみるか。
「そうだ、さとみ。お前、彼処で陸上部の練習してる美沙って娘、知ってるのか？」
「え？美沙ちゃんがどうかしたの？」
答を返して来たのは美穂ちゃんだった。
「あれ？美穂ちゃんも美沙を知ってるの？」
「うん。美沙ちゃんは小学校の頃からのお友達よ。拓郎君、どうして美沙ちゃんを
知ってるの？」
「いや…昼休み、保健室で…ね。」
相手が美穂ちゃんだったので言葉を濁して逃げようとしたが、さとみがいきなり
核心を突いて来た。
「どうせ、体育祭で悪戯をしようと思ってた所を聞かれて、釘刺されたんでしょ？
貴方も変わらないわね。美沙は、運動の事…走る事に真剣だから、変なチャチャを
入れると本当に怒るわよ。」
なるほどね…それで、あの態度か…。そこへ一哉が話を混ぜ返して来た。
「何だ？今度は余所の組の女子にまで手を出したのか？」
一瞬、美穂ちゃんが強ばった気がするが…これも気にしない事にしよう。
「別に？ほぼ、さとみが云った通りさ。別に『悪戯』って訳ぢゃ無かったけどな。」
「でも、何か体育祭を楽しませてくれるんだろ？」
「まぁ、な。何かしたいとは思ってるが…」
「お前、まだそんな事云ってるのか！？昼に私が云った事憶えてるだろうな？」
「美沙、またお前か。ああ、一応憶えてるが、盛り上がりを見せそうに無い体育祭
なら、何かした方がまだマシだろう？」
「ふん…兎に角、体育祭で変な事したら承知しないからな！」
まぁ…気にせず、練習を開始しよう。
先ず、どれ位走れるのか全力で１００ｍ走ってみた。
「遊んでた割に、衰えてないな。」
まずまずの時間だ。
「拓郎君…速い。」
「拓郎はアンカーで大丈夫ね。美穂・一哉君・私・拓郎のリレーで良いわね。」
別に、異論はない。俺もそのオーダーを考えていたからだ。
小一時間後、練習を切り上げて帰る時、陸上部の顧問から入部を勧められたが、
美沙には睨まれてた様な気がする。
１９９Ｘ・１０・０８（日）
１５：３０
それからは、体育の授業や放課後に週１回か２回位の割合で小一時間づつ練習を
する事となった。
体育祭前々日となり、最後の練習（折角の日曜日に練習なぞしたく無かったが、
明日はさすがに疲れを残すと困るので今日練習にする事にした）をしていたのだが、
不意に部で練習中の美沙が近づいてきた。
美沙がおもむろに美穂ちゃんの額に手をやった。
「やっぱり…美穂、熱があるじゃないか。美穂は何時も倒れるまで我慢しちゃうん
だから…」
俺達は美穂ちゃんを保健室に連れて行き、真子先生に見て貰う事にした。
「鈴木さん…風邪ね。此の分じゃぁ明後日の体育祭も休んだ方が良いわね。」
「でも…私、出たいんです。」
「…良いわ。じゃぁ明日一日様子を見ましょう。それでも様態が変わらない様なら、
芹沢先生に報告します。」
「一寸、真子先生。明後日の体育祭に出られるか出られないかは俺に任せてよ。」
「あら？拓郎君？」
「美穂ちゃんも出たい気持ちで一杯なんだし、どうしても出来ない様なら俺が何と
かするから。」
「拓郎…お前、何か企んでるのか？体育祭を壊すだけじゃなくて美穂にも何かする
積もりなのか？絶対に許さないからな！」
「そうね…じゃぁ、拓郎君にお願いするわね。」
「真子先生？本気で拓郎に任せる気？」
「そうよ。拓郎君なら多分、巧く出来ると思うから。」
「有り難う！真子先生！」
俺は急いでさとみと一哉を連れて保健室から出た。
「拓郎…何する気？」
「さとみ、お前、美穂ちゃんを説得してくれ。」
「私が？何で？貴方が説得した方が聞くんじゃない？」
「年中無茶してる俺が説得しても説得力なんか無いんだよ。それなら、お前が説得
してた方が良い。後で確認するが、聞かない様なら俺が何としても走らせないから。
最悪の場合、オーダーを変えてくれ。」
俺は、オーダーを『さとみ・俺・美穂ちゃん・一哉』に変更するよう二人に云っ
た。それならばと、さとみも納得して明日の様子見を引き受けてくれた。
兎に角、今日は解散だ。
美穂ちゃんを美沙とさとみに任せ、一哉にも口止めをしておいた。
１９９Ｘ・１０・０９（月）
１５：２０
いよいよ前日になった。
案の定、美穂ちゃんは俺の前では元気に振る舞っていた。
さとみも、俺の指示通りに説得していたみたいだが、全て断られた様だ。
俺は一人で保健室に行くと、真子先生に相談した。
「真子先生、今、良い？美穂ちゃんの事なんだけど…」
「ええ、鈴木さん、どう？今日は此処には来て無いけど…」
「判らない。俺の前では元気を装ってるから。さとみに確認させてるから、本番前
には判ると思うけど。」
「そう…でも、昨日の勢いでは、どんな状態でも無理矢理走るんでしょうね。」
「ああ…だから、俺じゃぁ説得出来ないと思ったんだ。ほら、俺って無理が服着て
る様な奴だから…
だから、具合が悪そうなのに出たがる様なら…俺が無理矢理走らせない状況を作
ってやる。例え、体育祭自体が壊れても。」
「勇ましいのね…でも…ううん。任せたんですもの。最後まで信じるわ。」
「有り難う。じゃ、ついでにお願いが有るんだけど、良い？」
「なにかしら？出来る事ならするけど？」
「最悪の自体、さっき云ったみたいに体育祭を壊す事も有るかも知れない。その時、
先生は事情を知ってても、決して弁護しないで欲しい。」
「何ですって？理由は…聞いて良いんでしょう？」
「…体育祭壊しの理由が周りに知られれば、多分、美穂ちゃんの事も全校に知れ渡
る事になると思う。そうなったら、彼女が傷つくような事にもなるんじゃないかと
思うんだ…
どうせ、俺の悪戯で体育祭を壊した事になっても、誰もが『俺だから』で済ませ
るだろ？
今更、多少の罰則がきても俺なら傷にはならないしね。」
「…判ったわ。何があっても、弁護はしないわ。理由の口外もしない。」
「有り難う。それだけは頼んでおきたかったんだ。じゃぁ、さとみの所で確認しま
す。」
俺は、保健室を出て帰宅後、『おてぃむてぃむ』へ向かった。
『おてぃむてぃむ』では、さとみがバイトしている。
俺は、いつもの窓側一番奥の席に着いてさとみを待った。
「遅かったわね。何してたの？」
さとみが水を持って来た。
「いやぁ、事後の根回しをな。お前の事だから、最悪の場合に俺がする事を在る程
度読んでるんだろう？」
「ええ…そうならない方が穏便だけどね。…体育祭を…壊す気ね。」
「ああ…真相を知りそうな真子先生に、俺の弁護とそれに伴う理由の口外を一切断
ってきた。で、お前にもそれを頼みたい。最悪、美穂ちゃんの事は公にしたくない。」
「判ったわ…でも、約束は出来ないわよ。…噂にならない様にはするけど。」
「判った、判断は任せる。で、肝心の美穂ちゃんの具合は？」
「余り変化無しね。元々、美沙が見つけた訳だしね。明日、美沙に会わせて診ても
らった方が良いかもね。」
「判った。兎に角、明日だ。悔いの無い様にしたいな。真剣に練習した連中には悪
い事になるかも知れ無いけどな。」
「大丈夫よ。それはそれで、良い思い出だから。」
「まったくだ。俺の居ない高校ではそんな思い出は出来ないからな。」
俺達はどちらからとも無く笑いだした。準備は完了、全ては明日だ。
１９９Ｘ・１０・１０（火）
１２：３０
本番がやってきた。丁度良い快晴だ。
…が、予想してた通りとは云え、盛り上がりに欠ける体育祭だ。応援の声も疎ら
だし、競技も「行事に参加した義務」みたいに走ってる連中もいる。
昼休みになったので、俺は美沙を探し始めた。
陸上部の連中は審判になる事が多いので、捕まえるのに一寸かかって仕舞った。
「お、居た居た。お〜い、美沙！」
「えっ？何だ？拓郎か。何の用だ？私は忙しいんだ！」
「一寸、美沙に見て欲しい事があってな。」
俺は陸上部顧問の許可を取って１０分程美沙を借りる事にした。
「美穂の事を放っておいて、私に見て欲しい事って何だよ！？」
「まぁ、そう尖るなよ。見て欲しいのは、その美穂ちゃんの具合だよ。彼女、結局
走る積もりだが、今の具合で１００ｍ走れるか心配なんだ。俺達が気付かない彼女
の具合を見つけたお前になら出来るだろう？」
美沙と俺は、美穂ちゃんに気付かれない様に一寸離れた位置から彼女を見た。
「元気に振る舞ってるが…駄目だな。１００ｍ走ったら多分、明日から２・３日休
んじゃうよ。」
「そうか…で、どれ位なら走れると思う？」
「何でそんな事聞くんだ？…何かする積もりか？お前！」
「静かに！美穂ちゃんに気付かれちまう。で、どうなんだ！？」
俺の云う方が強かったのか、美沙は美穂ちゃんを見直して答える気になった様だ。
「５０ｍが良い所だろう…理想を云えば４０ｍ位で止めさせて保健室に連れてった
方が良いな。」
「了解、有り難う。手間取らせたな。」
俺は、真子先生の所に行った。
「真子先生。良い？」
真子先生を職員集合場所から連れ出して、相談を始めた。
「結局、大して走らせるような事は出来ない状態らしいや。」
「そう…で、どうするの？」
「彼女を走らせる。ただし、１００ｍは走らせない。途中で絶対に交代する。」
「そう…判ったわ。」
「で、お願いなんだけど、俺が騒ぎを起こしたら、さとみに美穂ちゃんを連れて来
させるから、保健室か何処かで診て欲しいんだ。」
「判ったわ。周りに見つかるような事にはさせないわ。」
「有り難う。じゃぁ、さとみと最終的な打ち合わせをするから。」
最後にさとみの所に行き、最終的なオーダーの変更をした。
「何する気？此のオーダーじゃぁ美穂が走っちゃうじゃない！」
そう、俺が最終的に決めたオーダーは『さとみ・一哉・美穂ちゃん・俺』という
ものだった。これでは俺の番に来る前に美穂ちゃんは走って仕舞う。
「大丈夫、此のオーダーなら、美穂ちゃんも『競技には出場出来る』し、俺が無理
はさせないから。ただし、俺は多分事後の対処で手一杯だろうから、美穂ちゃんを
真子先生の所に連れて行ってやってくれ。先生には話は通して在る。」
「準備万端…ね。判ったわ。後は任せて。巧くやりなさいよ。…結局、私の所には
迷惑が来るのよねぇ」
「まぁ、そう云うなって…後で埋め合わせはするからさ。」
「ふん…覚悟しなさいよ、拓郎。」
あ…今一寸恐かったかも知れない。
さて、男女混合が始まる。
全員集合した後、最終オーダーを全員に伝える。
「美穂ちゃん、頑張るんだよ。必ず『迎えに行く』からね」
「え？迎えに？」
混乱している美穂ちゃんを残してレースは始まった。
第一走者さとみ…記録で選ばれただけ在って、速いゝ。ダントツの１等で一哉に
リレーする。
第二走者一哉…こいつも遅くは無い。２等との差は在る程度縮まったがそれでも
１等には違いない。
第三走者美穂ちゃん…に、リレーすると、俺も走り出した。
しかし、トラックを逆回りにだ。
他の走者・教官・観衆がざわめき出す。
俺と美穂ちゃんは、ほぼ同時にスタートを切っている。タイム差で美穂ちゃんが
４０ｍ位走った所で俺は正面から会う事が出来た。
「美穂ちゃん！迎えに来たよ！」
俺は美穂ちゃんからバトンを奪うと耳元で囁く。
「頑張ったね。後はさとみと保健室で休んでて。美穂ちゃんはしっかりと『競技に
参加した』んだから。」
最初、呆然としていた教官達が取り敢えず俺を捕まえようと走り出す。
俺は待ちかまえていた様に（実際、待っていたのだが）校庭を滅茶苦茶に逃げ回
った。
段々と周りの生徒も状況を把握できたようで『また拓郎の病気が始まった』と云
う反応を示している。
面白かったのはボンボンだ。
俺に推薦されたスェーデンリレーは最後の競技だったので、今までの練習を全て
無駄にされたのだから、ひたすらに悔しそうだ。
俺は頃合いを見計らって校外に脱出し、教官を巻き始めた。
全ての教官を巻いた後、こっそり学校の裏手、一番目立たない所から侵入し、様
子を見たのだが、戻って来ている教官の方が少なく、中断状態になっていた。
此の状態があと３０分も続けば中止になるだろう。
「拓郎、速かったわね。」
目敏く俺をみつけたさとみが隠れる様に近づいてきた。
「おぅ。悪かったな、面倒かけて。で、美穂ちゃんは？」
「保健室で寝てるわよ。今、真子先生と美沙が付いてるわ。」
「そうか…一寸、お見舞いでもしてくるか。」
「拓郎の奴、『美穂は走れない』ってしっかり云っておいたのに出場させやがって
…結局、美穂はこんな目にあっちゃったじゃないか…」
俺が保健室前に着くと美沙がブツブツ文句を云っていた。
まぁ、しょうが無いか、敢えて怒りの洗礼を受けよう。
ドアに手をかけ、開けようとした時、美穂ちゃんの声がした。
「美沙ちゃん、それは違うよ。」
「美穂、気が付いたのか？」
「うん。一寸疲れて寝ちゃったみたいだね。有り難う、看病してくれて。」
「そんな事は良いんだ。それよりも、何が違うんだ？結局、拓郎はお前を走らせて、
保健室送りにしたじゃないか。しかも、自分の悪戯で体育祭まで壊しやがった。」
「美沙ちゃん。拓郎君が私の様態を聞いてきたのは何時？」
「お昼頃だっけかな…『美穂がどれ位走れるか？』って。」
「どう答えたの？」
「最低、５０ｍ。出来れば４０ｍで保健室に連れてった方が…あっ！」
「多分、だからだよ。私を『競技に参加』させてくれる為に。
私、誰が何を云っても走る積もりだった。拓郎君と一緒に体育祭の競技に出れる
好機だったもの…でも、此の様態じゃ、拓郎君やさとみちゃん達に迷惑かけるだけ
かも知れないって迷ってた。
けど、拓郎君は多分全てを察してくれて…こうしてくれたの。私は『競技に参加』
出来たし、『病状も悪化しなかった』し、『落ち着いた保健室で看病』してもらっ
てるし…全部、自分の悪戯にして罪を被ってくれる積もりなの。」
しまった…入り辛くなって仕舞った…俺はこっそりドアから離れると普通より大
きめの足音を立ててドアに近づき直し、ノックした。
「はい？」
「俺、拓郎。入っても良いかな？」
「どうぞ。」
俺はドアを開け、今来たばかりの様なフリをした。
「どう？美穂ちゃん、具合は。いやぁ、追って来る連中を巻くのに手間取っちまっ
て…」
「うん。大丈夫、わざわざ御免ね。」
「いや、こっちこそ御免。美穂ちゃんを無理に参加させたのに俺の我が侭でブチ壊
しにして…美沙にも悪い事したと思ってる。済まん！」
「フン…何を今更…」
「とにかく、美穂ちゃん。明日はゆっくり休んで、月曜にまた会おうね。」
俺は席を立った。保健室を出ようとした時、美穂ちゃんが弱々しいが心配そうに
俺に聞いてきた。
「拓郎君！？何処行くの？」
「いやぁ、体育祭をブチ壊した張本人として自首しに行くのさ。」
「美穂のために…ご免なさい」
「何云ってんだい。俺は『先負高の問題児』だぜ？こんな年１回の大イベントを見
逃すようなお人好しじゃ無かったって事さ。」
俺は保健室を出るときに真子先生にだけ聞こえる様に云った。
「じゃぁ、真子先生。色々とお願いしますね。」
真子先生は答えず、ただ微笑んだだけだった。
職員室では俺を捕まえに出てた教官も帰ってきて、怒り半分・笑い半分の様な雰
囲気で迎えてくれた。
「よぉ！問題児！お前の事だ、何かするとは思っていたが、一番美味しいタイミン
グだったな。」
「今回も、処罰は免れないぞ！覚悟はしておけよ。」
俺は先ず、よしこ先生の所に行った。
「今回もお騒がせしました。」
「私が云わなくても、何をしたかはやはり判ってるのね。ならば、結構です。私か
ら云う事は在りません。月曜には処罰が決定し、通達されるはずです。それまで、
大人しくしてなさい。」
俺は一礼すると、職員室を出た。
職員室の外には舞ちゃんが待っていた。
「拓郎君。」
「や…やぁ、舞ちゃん。みっともない所を見せたね。月曜は登校するから、またよ
ろしくね。」
「うん。でも、一つ教えて？今日の事は…誰の為の悪戯なの？」
「へ？俺の悪戯は別に『誰の為』って事は無いよ。」
ばれたかと内心焦りながら答える。
「ふぅん…そういう事にしておきましょう。拓郎君の思い出の一つになるし。」
俺は胸をなで下ろしたい気分で、でも、舞ちゃんの可愛さを確認しつつ別れた。
１９９Ｘ・１０・１２（木）
０８：３０
通常通りに登校した俺を待っていたものは、掲示板に貼られた通知文だった。
「通告：下記の者、体育祭における騒動の原因として、一週間の停学と
する。
記
１−Ｂ：拓郎 」
「まぁ、予想した通りか…取り敢えず、職員室に挨拶して帰るかな。」
職員室に行こうとした俺を呼び止める声がある。美穂ちゃんだ。
「拓郎君…お話があるの。屋上までお願い出来る？」
俺の用事は別に急ぎでは無い。屋上まで一緒に行った。
「拓郎君、ご免なさい。これから、私、職員室に一昨日の事を話してもっと軽い処
置にして貰える様お願いしてきます。」
「一昨日の悪戯なら、美穂ちゃんとは関係ないさ。悪戯の代償の処罰なんだから、
しっかり受けなきゃな。俺は職員室に挨拶して帰るから。」
「でも…私の事が無きゃ…」
「美穂！そこ迄にしておきな！」
屋上の入り口からかかってきた声は美沙のものだった。
「美沙ちゃん…」
「美穂と拓郎が屋上に向かうのが見えてな。一寸様子見に来たら予想通りの話だな。
美穂が真相をばらしたら、拓郎の立場は本当に無くなるぞ！それを理解って云っ
てるのか？
拓郎が美穂と関係無く起こした悪戯だった場合、美穂が云っても自分の我が侭を
ばらすだけになる。当然、拓郎の処罰は変わらない。
拓郎が美穂を思って起こした悪戯だった場合、美穂が云ってしまったら、拓郎が
苦労して起こした下準備から何からが全部無駄になるんだぞ。
今回、美穂は拓郎の悪戯とは関係ない。ただ、それのおかげで一寸助かった。
それで良いじゃないか。美穂は拓郎の云う通り、きちんと授業に出てれば良いの
さ。だろ？拓郎。」
俺は、美沙と美穂ちゃん両方に向いて頷いた。
「拓郎、お前の事を一寸、誤解していた様だったな。今回、体育祭をブチ壊したの
は事実だけど、まぁ、許してやるよ。」
「そりゃ、有り難いな。まぁ、これからもよろしくな。
…さて、職員室に挨拶して帰るかな。二人とも、俺に付き合ってると遅刻扱いに
なるぞ。」
美穂ちゃんは美沙に促されて、屋上を出て行った。俺も屋上を出ようとした所に、
さとみが待っていた。
「美沙に私の云いたい事を全て云われた気がするわ。
ところで、拓郎？…私の苦労の埋め合わせをする…って云ったわよね？」
「う…何をすれば良いんだ？」
「停学明けたら、色々と奢って貰うわよ。」
…やっぱり、しっかりしてやがる…停学中にアルバイトでもしようかな…
気を落としながら、職員室で停学の確認をして、家に帰って仕舞った。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
ある時、先負高々舎屋上
二人の娘が居る。一人は桃色の髪を両脇に束ねている、見るからに『可愛い』感
じ。もう一人はロングヘアーになりそうな髪をポニーテールで纏めている『凛々し
い』感じがする。
「美沙ちゃん。お話って何？」
「美穂には云っておきたくてな。拓郎の事なんだけど…」
『凛々しい』…美沙と呼ばれた娘は、『可愛い』…美穂に向き直し、答えた。
『拓郎』の言葉に反応してか、美穂は美沙に聞き返した。
「拓郎君が、どうしたの？」
「いや、アイツは只の莫迦な騒動屋じゃ無くて、美穂の云う通り、面白い奴だな…
って思い始めてな。」
「えっ？それって…」
「いや、別に拓郎と付き合おうとかそう云うんじゃ無くて…って云っても云い訳か。
でも、まだ美穂みたいに『好き』だとは感じてない」
「えっ？…そんな、私」
「胡麻化さ無くても良いよ。美穂が『変わった』のも、アイツのおかげだろ？
今の所はアイツの事に興味が出ただけだからな。
でも、美穂には云っておきたかっただけだしね。」
「でも、拓郎君は私よりも…好きな人が居そうだし…」
「まぁ、良いじゃないか。私もアイツを良く見て居たいし、美穂も頑張れよ。」
「うん。でも、美沙ちゃんは最初から不利だよ。私みたいに同じクラスじゃないし。」
「まぁね。でも、来年のクラス変えまであと半年足らずさ。」
二人はお互いを見つめ会って…どちらとも無く笑い出す。そして、一緒に校舎に
入って行った。
これは、拓郎が停学中に起きた話で、当然、拓郎本人は知らない事となるのであ
る。
Ｆｉｎ or ｔｏ ｂｅ ｃｏｎｔｉｎｕｅｄ
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