遊園地での遊び方
１９８Ｙ・１２・１４（日）
１４：００
「わぁ〜！すごぉい！ゆうえんちって、まい、だいすきぃ！」
そう、此処は遊園地。小学生位の女の子が、広場を駆け出してます。
「こら、舞。走ると危ないぞ。」
舞と呼ばれた女の子の後ろには、お父さんとお母さんもいる様です。
「あなた、舞がこんなに嬉しがるなんて、遊園地に来れたからだけじゃないでしょ
うね。」
お母さんが云います。
「ん？何だ？遊園地で充分喜んでいる様だが？」
「そうじゃないですよ。あなたと来れたのが嬉しいんですよ。」
「あぁ、そうか。今日が日曜日で良かったよ。小学生になって初めての舞の誕生日
だからな。」
「本当に、そうですね。」
「パパぁ、ママぁ！はやくはやくぅ！」
「はいはい、そんなに急がなくても、何も逃げて行かないよ。」
ジェットコースターやお化け屋敷等、幼児向けでは無いアトラクション以外は全
て回る積もりなのでしょう、舞ちゃんははしゃぎながら広場を駆け抜けて行きます。
舞ちゃんは楽しい時を過ごして行きました。
少し、気になる事もあったのですが…
と、云いますのも、舞ちゃんはお父さんやお母さんと一緒ならすぐに乗りたい物
に乗れるのですが、一人で行くと係の人に帰されるのです。
その後、お父さんが一言二言係の人に話すとすぐに乗れる様になるのですが。
それに、どの乗り物にもお父さんが近付く入り口の隣には知らない人達が列を作
っているのです。
時には舞ちゃんが乗った後、係の人に詰め寄ってる人もいました。
「パパ、あのひとたち、どうしたの？」
「ん？舞は知らないでも良いんだよ。さぁ、次はあれに乗ろう！パパと駈けっこだ。
それっ！」
「あぁ〜！パパずるぅい！まいにははしるなっていってたのにぃ…」
舞ちゃんはお父さんに聞いていた事など忘れて走り出して仕舞いました。
時間も過ぎてそろそろ夕方です。
舞ちゃんも好きなだけ乗り物に乗れて大満足の様です。
「パパ、パパぁ。さいごにあのおっきなのにのりたい！」
舞ちゃんが指さしたのは観覧車、この遊園地で一番大きく見える乗り物です。
「おぉ、観覧車か。よし、良いぞ。」
お父さんは舞ちゃんと手を繋ぎ、観覧車まで歩いて行きます。
観覧車に着くと、お父さんはやはり人の列を無視して別の入り口に向かい、係の
人に何か云うのです。
周りを見ていた舞ちゃんは、フと知っている顔を見つけた様です。その子に笑い
かけます。
その子も笑いますが、一緒にいるその子のお父さんに何か云われた様です。それ
きり、そっぽを向かれて仕舞いました。
舞ちゃんは不思議に思いながらもお父さんに促されるまま、観覧車に乗りました。
「うわぁ…きれい…」
観覧車から見える光景は、とても綺麗でした。
そのうえ、時はは夕時、隣町の先負町で住宅に灯がともっているのも星の様に見
え、一層綺麗さを増してます。
観覧車も一周し、ゴンドラから降りると、友達も居なくなっていました。
もう、夕方です。帰ったのかと思い、特に気にしてませんでした。
舞ちゃんは満足して家に帰ると、寝る前にベッドの中で今日在った色々な楽しか
った事を繰り返し思い出して眠るのでした。
１９８Ｙ・１２・１５（月）
０９：００
今日は月曜日、舞ちゃんは元気に小学校へと向かいました。
「おはようございまぁす！」
教室に入って、元気に挨拶をしました。
普段なら、すぐに「おはようございます！」と教室にいる同級生のみんながが声
を返してくれるのに、今日は少し遅れて数人からしか返ってきません。
それを最初に、舞ちゃんの周りだけ何時もおかしいのです。
休み時間、楽しそうに話しているお友達の中に入ろうとしても、舞ちゃんが顔を
出すと途端に静かになってしまいます。
授業中も、普段はおしゃべりしている子すら静かに授業を受けています。
舞ちゃんは、とうとうお昼休みに聞いてみました。
それでも、大抵の子は「いつもどおりだよ。」と取り合ってくれません。
舞ちゃんは、一番の仲良しに聞いてみました。
「きょうはどうしたの？まいがなにかしたの？みんな、へんだよ！」
もう、舞ちゃんは今にも泣き出しそうな顔になっています。
「わたしも、きいただけだから、よくわからないけど…」
お友達も、やっと話してくれる様になりました。
お話としてはこうです。
昨日、舞ちゃんは遊園地に行きました。
ところが、その遊園地には同級生が別に行っていたのです。
でも、これは舞ちゃんも知っている事なので驚きませんでした。
しかし、その子はただ「遊園地に遊びに行ったら同級生に会った」だけでは無か
ったのです。
その子が何十分も待って乗ろうとしていた観覧車に舞ちゃんは割り込んで来て、
乗る事が出来たのです。
それを知った舞ちゃんはびっくりしました。
舞ちゃんが乗ろうとした乗り物全てに、別の入り口に向けて出来た人の列があっ
たからです。
午後も授業は在りましたが、舞ちゃんの頭の中は昨日の事で一杯でした。
（どうして、まいだけ、またずにのれたの？）
「ママ、おしえて？」
授業も終わり、学校から帰ってきた舞ちゃんは「ただいま」よりも先に心に満ち
た疑問をお母さんにぶつけました。
「ママ、きのうのゆうえんちで、まいたちはズルをしたの？」
舞ちゃんはお昼休みに起きた出来事を、お母さんに詳しく話しました。
「舞、私達は決してズルをした訳じゃないの。あの遊園地はパパが作ったの。舞や、
沢山の子供達を喜ばせる為に。そして昨日、やっと舞が遊園地に来れたので、パパ
は舞に沢山喜んで欲しくて特別扱いをして貰ったの。」
お母さんは優しく教えてくれました。でも、そんな理屈より舞ちゃんは今迄どお
りに接してくれなくなったお友達の方が大問題でした。
「まい、とくべつあつかいなんて、いらなかった…」
お母さんとの説明を聞いて自分の部屋に戻った舞ちゃんは、誰に云う出もなくポ
ツリと云って、ベッドで泣いて仕舞いました。
１９９Ｚ・１２・０５（金）
１２：３０
「…なんて云う夢で起きたものだから。…心配かけてご免なさい。
今は遊園地と云えば夏に拓郎君との初めてのデートで行った場所だから、大好き
だけど、それまでは本当に嫌いだったの。」
…そうか、舞の『特別扱い』を嫌う理由、遊園地に対する確執はそこから始まっ
ていたのか。
俺は拓郎。
４月には無事三年生になれた俺は、夏休みに紆余曲折はあったモノの、見事、舞
と付き合う事が出来るようになっていた。
もちろん、舞の親は俺の評判を聞いてか良い顔をしていない様だが、そんな事は
俺達には関係ない。
今日は、朝から舞が元気無く見えたのでどうしたのか聞いてみた結果、昼休みに
今朝見た夢の話を聞く事になって仕舞った。
しかし…夢とは云え、昔経験した話だそうだ。やはり「桜木家の娘」として、俺
には想像も付かない位のハードな状態だったのだろう。
「じゃぁあの時、観覧車に誘った時は…。」
「ええ、ご免なさい。本当は高い所なんて平気だったの。ただ、昔の事が気になっ
て、観覧車だけは…。」
舞は、辛そうに顔を伏せた。俺は舞を抱きしめると、耳元で囁く。
「前に云ったろ。俺は舞が金持ちの娘だろうと、大統領の娘だろうと関係なく好き
なんだって。『昔在った事は忘れろ』とは云わないけど、そんなモノは気にするな。
俺を信じてくれ。」
俺の腕の中で確かに頷く気配を感じる。
しかし、俺は心の中で思っていた。
（言葉では何とでも云えるが、子供の頃の経験はどうしても忘れられないよな…）
折しも、もうすぐ舞の誕生日、『小学生になったばかりの舞』の心に傷を付けた
日だ。当然、普通の誕生日としてのプレゼント（そのための資金は３学期丸々つぎ
込んで貯めた）はする予定だったが、それ以外にも俺なりにケジメを付けるのが一
番のプレゼントをしてやろう決心していた。
俺達は屋上を降りると、教室に戻った。席に付くと悪友の一哉がやって来た。
「おぉおぉ、見せつけてくれちゃって。結局はお前は桜木舞と付き合い始めるし、
俺は夏子さんの一件でくるみに頭が上がらなくなるし…やってられねぇよな。」
「まぁそう云うなって。お前も変な浮気心見せなきゃ良かったんだよ。ま、今更云
っても仕方無いけどな。」
「畜生…。」
これ以上は一哉の愚痴しか無かった。故に聞いていても仕方が無いので、俺は自
分の考えを繕っていた。
やはり、誕生日と遊園地、それに『特別扱い』ってヤツに対してどうにかしたい
ものだ。丁度、舞の誕生日は日曜日だ、早急に企画を立てないとな。
取り敢えず、次の日曜日はまだ余裕がある。遊園地に偵察にでも行くか。
「一哉、お前明後日の日曜は空いてるか？」
「へ？何だ、イキナリ。次の日曜？…あぁ、空いてるが。」
「なら、遊園地行かないか？二人で。」
「な…なんだぁ？あんな所、男二人で行く場所じゃねぇよ。嫌だね。」
「そうか…なら、くるみちゃんでも誘うかなぁ。彼女ならまず、断らないし。」
「お…お前、何を企んでるんだ？」
「別に？この日曜には何もする積もりは無いけど？」
「…この日曜？そうか、その次の１４日は桜木舞の誕生日か。判った、付き合うぜ。」
…要らん所で鋭いなぁ、コイツ。まぁ最終的には助力を請う事になるだろうから、
一哉が一緒の方が助かるんだが。
結局、一哉が承諾したので待ち合わせを決め、その場を解散した。
１９９Ｚ・１２・０７（日）
１４：３０
「しっかし…だだっぴろい遊園地だよなぁ。桜木舞を『お嬢様』呼ばわりする連中
の気も判るぜ…」
「一哉、舞の前ではそんな事、絶対に云うなよ。」
「判ってるよ。お前との友情に傷は付けたくない。」
そう、俺達は矢吹町の遊園地に着いた。
入園料を払いアトラクションまでの小道を歩くが、これが結構長い。２時過ぎに
は入園してる筈なのに、やっとアトラクションに届いたのだ。
「さて、拓郎？何処から乗るんだ？」
「ん？何かに乗るのか？男同士で…襲うなよ？」
「ば…っかやろう！ただ、遊園地来て何する積もりなんだ？」
「今日は視察が目的さ。まぁ、何かに乗りたければ付き合うぞ？」
俺はそう云って観覧車の入り口まで向かった。
今日は日曜日という事もあり、数々のアトラクションが列を作っていた。
俺は列には目もくれず、観覧車の周りの柵を１周した。
…あった、多分これだろう。舞が小学生の時に『特別扱い』で割り込ませて貰っ
た入り口だ。「関係者以外立入禁止」となっている。
此の位置からだと、確かに並んでいる列が一望出来る。逆に云えば、列の何処に
並んでいても割り込みが判って仕舞うだろう。
莫迦な場所に作ったモンだ。まぁ確かに堂々とはしているだろうが。
「ん？どうしたんだ？グルグル廻りはじめて。」
「いや、何でもない。次に行くか。」
観覧車の列の構造を頭にいれた俺は園内の案内所に向かった。
案内所では案内嬢のお姉さんが二人、一寸したボックスの中で愛想を振りまいて
いた。
「お姉さん、場所聞きたいんだけど、良い？」
俺が近付いて声をかけると、お姉さんがこちらを向いた。日曜日に男の二人連れ
は珍しいのだろう、一瞬怯んだが次の瞬間には自分の職務を思い出していた。
「はい、どの乗り物でしょう？」
「いや、乗り物の場所じゃなくてね。園長室を知りたいんだ。」
「お客様、園長室は職員以外立入禁止場所になっております。当園に関してのご意
見等は私どもが承りますが。」
「…どうしても？」
「ハイ。」
「判った。じゃぁ、園長に『桜木 舞』の関係者が会いたがってると云ってくれな
い？多分、取り次いで貰えるから。」
桜木の名前が効いたのだろう。案内嬢のお姉さんは内線電話をプッシュすると幾
らか話した末に受話器を置いた。
「園長室にご案内いたします。」
そう云うと、お姉さんが一人、俺達を先導した。
「おい、拓郎。何する気だ？今日は何もしないんだろ？」
「あぁ…お前の睨んだとおりだ。来週の打ち合わせさ。お前に付き合った貰ったの
は、これからの話を聞いて欲しいからだ。協力して貰うぞ。」
等と話してるうちに園長室に着いた。
アトラクションの広場よりは少し遠いが、一応園内全体を見渡せるようになって
いる。
お姉さんがドアをノックすると中に入って行った。俺達も中に続く。
「園長、先ほどお電話で話したお二人です。」
お姉さんは簡単に紹介を済ますと自分の持ち場に返って仕舞った。
園長は…舞の血縁とは思えない様な愛敬のあるオヤジだった。
「君が舞坊の関係者かね？初めて見る顔だが。」
「ああ、俺は拓郎。桜木 舞と付き合ってる。」
「…たくろう、卓朗、拓郎…あぁ、舞坊から聞いてる、あの拓郎か。私はこの遊園
地の園長で、桜木 舞とは叔父・姪の関係だ。もしかするとこれから親戚付き合い
するかも知れんからな、よろしく。」
せ…性格も桜木の血統とは思えない。何モンだ？
「あ、私を『桜木の家系に見えない』と思ってるな。ま、仕方在るまい。兄貴…舞
坊の父親になるが…が厳格すぎると思うのだが、アレを『桜木』だと思われるとな
ぁ…兄貴も１１年前の此処のでの事が無ければもう少し柔らかかったんだがなぁ…」
「１１年前の此処での事？もしかして、舞の誕生日の事か？」
「そうさ…知っとるのか？子供達の為、つまりは舞坊の為に作った遊園地で舞が変
わって仕舞ったんだから。人生観も変わるよなぁ…お、そうそう、ところで何しに
来たんだ？『先負高の問題児』が。」
「園長、俺の事も知ってるのか？良く俺と舞の付き合いを知っててそんな態度でい
られるなぁ。」
「私が君に関して知ってるのは、『世間が何を云ってるか』って事と『舞坊が君を
選んだ』って事だ。私は信用できる方しか信じんよ。」
…結構くせ者だな、このオヤジ。でも、好感を持ったぞ。
おのオヤジなら、俺のトンでもない作戦に乗ってくれるかも知れない。来てみた
価値はあったぜ。
「実は、相談したい事があって此処まできたんだ…」
１９９Ｚ・１２・０７（日）
１５：３０
「ほぉ？私に相談か。どんな事かな？」
「園長がさっき話してくれた１１年前の事柄に俺なりの『礼』をしたい。舞は未だ
に観覧車に対してのトラウマが残ってるからな。」
「観覧車？遊園地全体では無いのか？」
「いや、園長は聞いてないか？俺と舞が初めてのデートに選んだ場所は、此処だっ
たんだ。それは『遊園地』に対しての拘りを無くす為でもあったんだが…実際、遊
園地には確執は無くなってる。ただ、その時にも『観覧車』だけは乗れなかったん
だ。混んでた訳でも、動いてなかった訳でも無いのにな。」
「そうか…舞坊が此処でデートを…拓郎、有り難う。私も舞坊の叔父として、そし
て此処の園長として、舞坊の遊園地嫌いをどうにかしてやりたかった。本当に有り
難う。…観覧車か、どんな『礼』を考えてるんだ？全面的に協力するぞ。」
俺は計画を話した。やっと話の中にはいれた一哉も、この計画を聞くと「無茶な」
と云う顔をしたが、無茶は承知の上だ。
しかし、園長はその話には異論を唱えず、快く来週の日曜（舞の誕生日）、午後
３時〜午後４時までの１時間を俺達の貸し切りにする事を約束してくれた。
俺は相談がまとまったので帰ろうとした時、園長が俺の背中に一言云ってくれた。
「『舞坊が選んだ男』を信じて良かったよ。これからもよろしくな。」
俺は答えるべき言葉を知らない。舞を大切にするのは、俺と舞の為だからだ。
俺は、聞こえなかったフリをして、そのまま出て行って仕舞った。
一哉も今回は最初から巻き込まれた事で諦めたのか、協力してくれる積もりにな
っている。この一週間でどれだけの人数が集まるか。それが今回のネックになる。
俺はもう一度、一哉に人数集めの事を頼んで解散した。
…しかし、俺はもう一つやるべき事があるのだから。計画の最後の締めについて
は、園長室では一切触れなかった。俺が単独で行う事だからだ。
俺はアパートには帰らず、夕焼けの街に解け込んで行った。
１９９Ｚ・１２・１３（土）
１４：３０
それからの１週間は準備に奔走していた。基本的に「協力者は大量に、しかし、
舞には気付かれない様に」とやっていたので、苦労も並じゃなかった。
結局、３−Ｄの連中殆どと、水泳部等の「舞の後輩」、そしてくるみちゃんや俺
の悪戯を支援していた「俺の後輩」が手伝ってくれる事になり、総勢７０人くらい
集まった。
今日は「用がある」と舞に先に帰って貰い（当然、明日の約束は取り付けて在る
が）、その「協力者」と最後の打ち合わせを始めた。
計画そのものは既に俺や一哉から通っているので、細部の確認だけで事は済んだ。
「みんな、明日はよろしく頼む。」
俺は集まってくれた協力者に深々と頭を下げた。
「何やってんだよ拓郎、水臭い。お前の『悪戯』には結構楽しませて貰ったからな、
タマにはお返ししても良いだろ？」
「一哉さんの云うとおりですぅ。それに、そんな態度は拓郎さんじゃない出すよ。」
「私達は桜木先輩の為に協力するんですよ。」
色々な返事が帰ってくる。兎に角、それでも俺の…いや、俺と舞の為に協力して
貰うんだ、一応の礼はしておきたい。
俺達は、最後の打ち合わせも終わり、解散した。
しかし、俺は最後の仕上げの準備があったので、また一人街に消えて行った。
１９９Ｚ・１２・１４（日）
１２：３０
今日は舞の誕生日、約束どおり待ち合わせしてデートした俺達だが、特に何処に
行くかは話していなかった。舞とのデートは大体、その場で決める事が多く、舞は
今日もそうしたモノだろうと思っている様だ。
「今日は遊園地に行こうか。」
「え…？」
「遊園地だよ、ゆうえんち。ホラ、行こうぜ。」
俺は強引に遊園地に連れて行った。舞は「俺の思い付きで決めた」と思っている
様だ。別段気にしないで付いてくる。
今回は普通に入園料を払い、普通に話ながらアトラクションを回る。
「今日は『お化け屋敷』、どうする？」
俺は少し意地の悪い笑いを向けると舞は頬を赤らめそっぽを向く。
「もぅ…イジワル。」
そんな事を云いながらも、抱きしめてる俺の右腕を離さないのが愛しい。
色々回った後、園内のレストランで食事をする。
食事の後はパラソルでひと休みしながら夏に此処へ来た時の思い出話をしていた。
「ホラ、こんな風に話してたら、親父さんの秘書の姉ちゃんが俺達を見つけてさぁ…」
あの後、それなりの紆余曲折（考えてみれば慌ただしい夏休みだった。特に最後
の一週間はハードだったと思う。）があり、結局俺は舞を愛する決意をしたのだが、
だからこその笑い話である。
「そうね…なんだか懐かしいわ。あの時は、お父様の云いつけは絶対だったわ。何
か一つでもお父様に逆らう様な事をしようものなら、とても恐くなって…。でも、
拓郎君が教えてくれたの。『自分を大事にするって事は、自分を傷つけない様にす
るだけじゃない』って。」
４ヶ月前を思い出しながら話していると、大体打ち合わせの時間になった。計画
開始だ。
「舞、今日は俺が乗りたいモノが在るんだけど、良い？」
「え？大体乗ったと思うけど…何？」
「来れば判るさ。」
俺は舞を連れてアトラクションの広場に向かいなおした。
目的の場所、観覧車に向かう途中でベンチの方から近付いてきた男が俺に合図を
して観覧車の最後尾に並んだ。準備完了だ。
舞は俺が観覧車に向かおうとしてる事に気付き、俺の顔を見た。
俺はそれに気付かないフリをしながら観覧車に近付く。
「た…拓郎君…嫌、観覧車だけは…まだ。」
抵抗はするものの、俺が止まらないので付いてくる。
だが、それも少しの間だった。
俺が普通の列に並ぼうとせず、「関係者用」の入り口に向かうのが判ると、舞は
強引に止まり、俺を引き留めた。
「拓郎君…それだけは止めて！…あの入り口は…嫌ぁ…」
舞は半分泣き出している。しかし、俺は入り口に近付く。
…そろそろかな。完全に入り口に付いた訳ではないが、通常の列の真ん中辺りま
で来た。俺は足を止め、舞に微笑んだ。
「舞、今日のプレゼントだ。お前の拘りを消し去ってやる。舞の立場は一種特別だ
と云うのはは事実だ。しかしな、俺達の中では特別でも何でもない、先負高の３年
生だ。なぁ！」
最後の「なぁ！」は舞にでは無く、周りに叫んだ。
そのかけ声に「おぅ！」と返して広場中から俺達の回りに集まってくる奴らがい
る。観覧車に並んでいた列も同じくして列を崩しその集団に混じる。
その集団こそ事前に頼んだ協力者達だ。舞は何が起こったのか判らないでいる。
「おぉら！観覧車に乗るんだから、きちっと並べや！」
俺のかけ声でみんなが「関係者用」入り口に並びだす。あっと云う間に列は出来
上がり、俺達はさっきまで観覧車で並んでいた列よりも長い列の最後尾になって仕
舞った。
「ほら、判るか？確かに『特別』な立場に居る人間もいるさ。でもな、こうして仲
間に解け込めば俺達は只のカップルでしかないのさ。」
俺の言葉で、この一連の出来事の真意を悟った様だ。舞が俺の胸に飛びつく。
「拓郎君…有り難う。」
舞にはそれしか云えないようだ。が、俺にはその一言で充分だった。
結局、７０人弱の人間が観覧車に乗るまでに小一時間かかった。
俺達はやっと観覧車に乗れた。
「ほら、舞。見てみろよ。矢吹町から先負町まで全部見えるぜ？」
その言葉につられる様に舞も外を見だした。丁度、夕日が沈みかけ、家にはチラ
ホラと灯がともる。
「うわぁ…綺麗…昔みた景色と同じくらい…綺麗。」
「だろ？悲しかった過去に捕らわれて、１１年もこの景色を見損ねてたんだぜ？」
「うん…勿体無かったね。でも、もう大丈夫。私はどうしても『桜木 舞』なんだ
から、その中で出来るだけ楽しまなきゃ、『自分を大切に』してる事にはならない
よね。」
舞の頬は観覧車に向かった時とは別の涙に濡れていた。
俺達が観覧車から降りると、協力者の面々が待ちかまえていた。
「みんな、有り難う！今日は舞の誕生日、みんなからのプレゼント、しっかり受け
取ったぞ！」
俺のシャウトに協力者が歓声を上げる。
「さて、今日の礼に良いモノを見せてやる、もう少し待っててくれ。一哉、園長を
連れてきてくれないか？」
昨日までの段取りに無かった展開なので、協力者もざわめきだすが、俺は構わず
園長がくるのを待った。
一哉が園長を連れて来たのを見計らうと、俺は紹介した。
「みんな、今日の演出を許可してくれた園長さんだ。大きな拍手で迎えてくれ。」
園長は照れながら俺の前に歩いてきた。
「園長、有り難う。舞も観覧車に乗れたし、此処から見える光景が何よりのプレゼ
ントだったよ。」
「なんのなんの、私にも良い話しだったよ。舞坊もこれで遊園地が本当に好きにな
ってくれただろう？」
「ええ…叔父様、有り難う御座います。」
舞が頭を下げた。俺は最後の締めにかかった。
「さて、これを以て『みんなから舞へのプレゼント』は終了する。次は『俺から舞
への』プレゼントを渡すから、よっく見ておけよ！」
俺は舞に両手を出して目を瞑るように云った。舞もすぐ、それに従う。
俺はポケットからケースを出すと、「それ」を舞の左手薬指にはめた。
「ほら…目を開けてごらん？」
「あ…」
「それ」はシルバー台・瑠璃の指輪だ。舞の目が三度潤む。
「鑑定書やら何やらは後で渡すよ。俺はまだ、１８だからこんな程度しか渡せ無い
けど、もっと自身がついたら…な。」
舞は涙が堪えきれず頬にこぼれ落ちたのも気にせず、俺の胸に飛び込んできた。
園長を筆頭に協力者も全員、その光景を目にして俺達に拍手喝采を送ってくれた。
「よぉし！私からも姪っ娘の誕生日を祝ってくれたみんなに礼だ！此処の無期限・
終日利用券を全員にプレゼントしよう！但し、１回切りのだぞ！」
園長がそう云ってくれたので、協力者がまた歓声を上げる。
「めでたしめでたし」でその場は解散にした。
俺と舞だけはベンチに寄り添いながら、この遊園地に夕日が沈み、明かりが点き
始めるまで景色を眺めていた。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
その日の夜、桜木邸で…
「お父様、ただ今帰りました。」
にこやかに帰ってきた舞を向かえる父親の表情は厳しかった。
「こんなに遅くまで、何処に行っていた？」
「ご免なさい、お父様。遊園地の夜景が綺麗で…灯が暮れてから、観覧車に乗って
みたくなって。本当に綺麗だったわ。」
「遊園地？観覧車だと？」
父親の顔は不思議そうに崩れ、舞はその顔を見ながらくすっと笑うと自室に向か
って仕舞った。
「あら、あなた。どうしたんですか？びっくりなされて。」
話の途中から部屋に入ってきた母は、特に驚くでも無く、夫に聞いていた。
「いや…舞が遊園地で観覧車に乗って来たと云っていたが…聞き違いか？」
「あら、舞はね、遊園地が大好きになったんですって。」
「儂は聞いておらんぞ？何故だ？話に出るのも嫌がっていたのに…」
「付き合いだした男の子の影響みたいですよ？」
「つ…付き合いだと？」
「それに、あなたは見ませんでした？舞の左手。薬指に綺麗な指輪が…」
「儂は許さんぞ！絶対に許さんぞ！」
父親が取り乱してるさなか、電話が鳴る。
「桜木だ…おぉ！久しぶりだな。今日は舞がそっちに行ったとか…やはり観覧車に
乗ったのか？…なに？拓郎？…舞の話に時々出てくるようになった名前だな…そい
つが舞の『遊園地嫌い』を治したと云うのか？…」
そんな電話がかかってきている頃、舞の自室では普段着に着替えた舞がベッドい
横たわっていた。
「拓郎君、有り難う。」
舞の頭の中には前に見た夢で自分が云っていた事を思い出していた。
「ゆうえんちって、まい、だいすきぃ！」
Ｆｉｎ or ｔｏ ｂｅ ｃｏｎｔｉｎｕｅｄ
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