斗うべき時
第７話 勝負 〜始まり〜
朝
其処に居るどんな連中が何を思おうと日はまた昇り、必ず朝になる
両親不在の自宅で落ち込んだままの男子高校生にも当然、朝は来るし、後輩の試
合の時間は刻々迫っている
「朝か…」
結局、浩之は自分の優柔不断さに自己嫌悪に落ち込んだまま、一睡も出来ずに朝
を迎えた
兎に角、自分の想いを整理する事も出来ずに起こした失態は今更悔やんでも仕方
が無く、それを引きずる事で今日の試合で何か在っては今度は悔やむ資格すら無く
なると踏ん切りを付け、葵の試合開場…浩之の学校の空手道場に向かう事にした
「あ、先輩、おはよう御座います」
浩之が試合時間より若干早めに道場に付くと、既に来ていたのは葵だけの様で、
二人は朝の挨拶を交わす
「葵ちゃん、おはよう…早いな。夕べはしっかり寝たのか？」
「はい…えっと、やっぱり今日の試合の事を考えると緊張して仕舞って…良くは眠
れなかったんですが、思い切って早目に起きて体をほぐしておきました。体調は万
全です」
「そうか、なら良いんだけど…で、綾香は兎も角、坂下はどうした？奴から云い出
した試合なのに自分で遅れるとはタルんだ奴だな」
「誰が兎も角ですって？」
「誰がタルんでるって？」
道場に向かいながら会話をしていた二人に後ろから声が掛かる
「綾香に坂下！」
「綾香さん、好恵さ…坂下先輩、おはよう御座います」
「葵、おはよう…今日の試合は私も見る権利は在るんですからね、兎も角なんて云
わせないわよ」
「私も別に遅れた訳では無い。休日の朝は日課の鍛練以外にメニューを増やしてい
るんでな…さて、葵に綾香、今日はエクストリームが如何に商業主義に走ったショ
ゥでしかないかが判るんだったな…葵はまだ取り返しが付く。今からでも空手部で
鍛え直せば充分間に合う」
「好き勝手云ってくれるじゃない…好恵にはまだ判らないの？空手は世界が狭すぎ
るのよ。試合をしようにも流派の壁が高くて結局対戦相手はいつも顔を合わせる連
中ばかり、如何に１番になろうと所詮はお山の大将でしか無い…武道を通じて精神
鍛練をする為だけなら、確かに少数だけで事は足りるかもしれないけど、それじゃ
ぁ詰まる所は自己満足と変わらなくなるわ。そんな世界じゃこれからの発展は望む
べくも無い…そんな事も判らないの？」
「…確かに、空手には高い流派の壁があり、それを越える事は容易ではないわ。で
も、だからと云って空手の技を使って見世物になる必要は無いわね…今日は貴女と
葵が見失った物をたっぷりと教えてあげるわ」
二人は何時の間にかまた自分の信念を掛けての云い会いにヒートアップして来る
「だぁっ！デカい話は余所でやれって前に云ったろ！とっとと道場行って試合の準
備でもしてろ！」
前にその件で怒られてもいる二人は浩之の一喝で云い争いを止め、すごすごと道
場に向かって行った
浩之の一番の心配は葵の感じるプレッシャーだったので様子を見てみると、矢張
り葵は立ち止まって小刻みに震えていた
「葵ちゃん、連中の云った事は気にするな、オレとやった練習の事だけを覚えてい
れば良いんだから」
「で…でも、綾香さんも好恵さんも私なんかとは全然違う信念を持ってて…私なん
か、ただ綾香さんに追い付きたいだけで今までやってきただけで…その綾香さんや
先輩の応援でやってきたけど、その応援に報いなきゃって思えば思う程、体が動か
なくなって…震えてきちゃって…」
浩之は葵の両肩に手を置き、そのまま正面を向けると、そのまま両手で両方の頬
を挟むように軽く叩く
「しっかりしろ、葵ちゃん。昨日、オレが云った事を忘れたのか？『勝つ事は最良
だが、葵ちゃんの実力を坂下に判らせるのが目的だ』って。葵ちゃんはオレとの練
習を遊んでた訳じゃない、オレに基本を教えながら自分もしっかり鍛練した。強く
なりこそすれ、弱くなんかなってないって、奴に判らせるだけだ！」
「で…でも」
「確かに、一緒に練習してきたんだ、勝てれば嬉しいし、一緒に喜ぶさ。でも、こ
んな状態でまけたら嬉しい悔しい以前の問題だぜ？そんな事になっても良いのか？
オレも、綾香も、もちろん葵ちゃん、君もだ！」
「い…嫌です！」
「なら、つまらない拘りなんか捨てて、今持ってる力を全部坂下にぶつけるんだ！
信念？そんなモノは誰もが持ってやってるさ、綾香には綾香の信念があるし、その
綾香に追い付きたい一念でここまで来た葵ちゃんのも立派な信念さ、そんなモノに
優劣なんか在るもんか！」
「はい…判りました、自分の精一杯をぶつける…そうですね！」
浩之は葵の両肩に手を置き直して、そのまま自分に引き寄せた
勢い、葵を抱きしめた格好になる
「そうだ、葵ちゃんは強い、誰よりも強い、それを連中に判らせてやるんだ！」
「せ…先輩…ハイ！」
抱きしめられて恥ずかしがりながらも、普段の元気な返事が出来た葵を浩之は解
放する
「よし！じゃぁ道場で待ってる坂下に教えてやるぞ、葵ちゃんの強さを！」
「はい、行きます！」
何かを吹っ切った様な清々しい顔で道場に向かう葵を追って浩之も道場に向かっ
た
「遅かったのね、葵」
「申し訳在りません、準備運動は終わってますので、いつでも結構です」
「判ったわ…審判は綾香、出来るわね？」
「えぇ…副審は…ヒロ、やってよ」
「審判なんかやった事ねぇよ」
「大丈夫…どっちが優勢だったか位は判るでしょ？」
「まぁな」
綾香を挟んで坂下、葵が開始線に付く
「試合時間１５分、以下ほぼ空手で云う禁じ手は今回は反則とるわよ、葵もそれで
良いわね？」
「はい、綾香さん。」
「それじゃ…始め！」
綾香の掛け声と同時に坂下が葵に攻撃を掛ける
しかし、葵はそれを冷静に見て、フェイントにも掛かって行かない
「よし、葵ちゃんも坂下の攻撃が見えてる…大丈夫、行ける」
「そぅね…ヒロに最後に貰ったアドバイスが効いてるのね…」
何時の間にか浩之の隣りに来ていた綾香が浩之の独り言に着いてくる
「お前らが勝手に話をデカくするからだろう？まったく…昨日は勝手に理解した積
もりになって人の話はきかねぇし…」
「でも、昨日のは…あんな云い方されたら解釈は一つじゃない…」
綾香は一寸拗ねた様な口振りで浩之から視線を外す
「お前の解釈は勝手な誤解だ…後でそれは解くから、今は試合に集中しようぜ」
浩之が試合に目を戻すと序盤の出方の見合いが終わりを告げ、そろそろ本格的に
相手の隙を伺う様な降着へ移っている所だった
不意に坂下が間合いを詰める
葵が詰められた間合いを戻す為に一歩引いた
すかさず坂下が大外からの回し蹴りで葵の死角からの攻撃を繰り出す
葵が反射的に蹴りに対してガードを上げた…が、坂下の蹴りはワザと当てずに着
地した！フェイントだった
葵がそれに気付いてガードを降ろすが間に合わない！坂下の下段突きが葵の鳩尾
に決まる
一撃が効いて葵の体勢が崩れた所に坂下がラッシュを掛ける
「畳み掛ける気だわ！」
綾香が叫ぶ
綾香の云うとおり、坂下が葵に対して掛けたラッシュはそのままＫ．Ｏ．へと持
ち込む為のモノで、葵も懸命にガードしているが、数発はモロに当たっている
葵が耐え切れず、大きく体勢を崩した所で坂下の両手が葵の体を固定する
「膝が来るわ！」
綾香が予測したとおり坂下は葵の体を捕まえたまま降り、後ろ足は大きく床を蹴
った
「葵ちゃん！」
浩之が叫んだ瞬間、葵の目が大きく見開かれた
浩之と綾香は浩之の叫びに反応した葵を見た気がした
次の瞬間、倒れていたのは坂下だった…
「何が…どうなったんだ？」
「好恵が最後の一撃と決めようとした膝蹴りはどうしても大降りになって仕舞う…
もう葵には対抗する力が無いと判断した上での一撃だったけど、葵がヒロの声に反
応してカウンターを決めたのよ…意識も失いかけてた葵がヒロの声で目覚めたの…」
「なら…主審は何ボサッとしてんだ？」
「え？あ、御免、勝者、葵！」
綾香の判定が道場に響いた刹那、葵の体もまた床に崩れた
「葵ちゃん！」
浩之が葵の体を助け起こす
「先輩…勝ちました。好恵さんの一撃からのラッシュでもぅ何も聞えなかったんで
すが…最後に先輩の声が聞えて…見たら好恵さんが今にも最後の一撃を放とうとし
てて…『あ…これを貰ったら負けちゃうな…』って思ったら、先輩とやってきた練
習が不意に頭をよぎって…気が付いたら、空いていた好恵さんの鳩尾に私、拳を突
き出してた…」
「うん、良くやったぞ、葵ちゃん」
「先輩の…おかげです」
「葵…強くなったのね…いえ、葵が強いのは判ってたわ。何時も試合では自分を過
少評価して、見えないプレッシャーに負けて実力の半分も出せずに負けてただけ…」
綾香に助け起こされた坂下は浩之に抱えられながら座り込んでいる葵に目を向け
ながら、一人ごちる
「そう、葵は弱くなんかなってない。プレッシャーにも勝てる位に強くなったのよ！
あの同好会で、その強さを自分で作ったの…これでもあの同好会は武道を冒涜して
るのかしら？充分に精神鍛練も出来たじゃない」
「そうね…同好会は葵に対してプラスに動いてるようね…」
「好恵ももう少し、空手以外にも目を向けても良いんじゃない？」
「そうかもね…でも、私はあくまで空手の選手よ、他の武道には走らない」
「ま、それも一つの道よね。でも、これ以上葵には」
「判ってる…負けた以上、葵が強くなった事を認めて葵が選んだ道に対しては何も
云う積もりは無いわ…空手部は将来有望なエースを失ったのね…」
「その代わり、エクストリームは将来有望な選手を確保したのよ」
綾香と坂下
お互い道を違えた二人の武道家は葵を見ながら笑い合った
昼過ぎ
結局、葵と坂下は試合時間は１０分に満たなかった程度だったのだが、疲労が激
しく、快復して道場の後片付け等が終わって学校を後にしたのはこの時間になって
仕舞ったのだ
「さて、半日過ぎちまったが折角の休日だし、葵ちゃんの祝勝会も併せてなんか食
いに行かね〜か？」
「そんな…いいですよ、恥ずかしいですし…」
「良いじゃね〜か、なぁ、綾香」
「そぅそ、鍛練ばっかじゃ無くて、こっちも付き合いなさいよ」
「はい…有り難う御座います」
結局、行き着いたのはファミレスであったのだが、まぁ場所は高校生としては仕
方の無い事だろう
「では、葵ちゃんの勝利と同好会の存続を祝って！」
「「「かんぱ〜い！」」」
浩之の掛け声に併せて３人の声が揃う
店の人は余り良い顔をしなかったが、丁度昼のラッシュが終わり、他に客も少な
くなっていた時間なので何も云っては来なかった
「これで、エクストリーム同好会も安泰だな…」
「何云ってんの？まだ正式な同好会には人数も全然足りないでしょ？」
「その事なんですが…私は無理に会員を勧誘しなくても…先輩さえ居て下さったら
充分練習は出来ると思いますし…」
「だ、そうだ。どぅせ、綾香も練習に混ざりに来るんだろ？もぅ試合も終わったし、
綾香みたいな練習相手を逃す手はね〜しな」
「良いの？参加して…」
「はい！綾香さんさえよろしければ、私を鍛えて頂けませんか？」
「まぁ、オレも綾香が居た方が…」
つい、浩之の口から零れた言葉だったし、途中で止めは言葉ではあったのだが、
紛れも無く浩之の本音の一つだった
が、葵も綾香も取り敢えず聞えてなかった様で、これからの練習メニューの事な
どを楽しそうに相談している
取り敢えずホッとした浩之だった
遅い昼食も終わり、今日は一日休息と決めた３人は、商店街のゲーセンやウィン
ドゥショッピングを楽しんだ帰り…
「さて、じゃぁ帰るか…二人とも、送っていくよ」
浩之の申し出を二人とも当然断らなかった
「さて、じゃぁ葵ちゃん」
「本日は…本当に有り難う御座いました」
「いや…じゃぁ明日は同好会無いから、明後日な」
「はい！」
葵の家の前で挨拶すると、二人は来栖川邸へと向かった
「ねぇ…ヒロ？」
「なんだ？」
「ファミレスで云った『オレも綾香が居た方が…』の続き、聞かせてくれる？」
「げっ…聞えてたのか？」
「うん…ね、聞かせて？」
「お前…勘は鋭いんだろ？素直に解釈しろよ」
「良いの？私の都合の良い様に解釈しちゃうよ？」
「好きにしろよ…ほら、着いたぞ」
照れ隠しに足を速めた浩之を追った結果、二人は思いの他早く来栖川邸に着いて
仕舞った
「あらら…じゃぁ、またね」
「あぁ…またな」
二人は門の前で別れてそれぞれの家に向かった
（やっぱり私、ヒロの事が気になり出してる…）
（やっぱ、オレ、綾香の事が気になってる…）
同時に同じ事を考えている二人だった
To be continuede
第６話 前日 〜それぞれの想い〜に戻る
Ｌｅａｆ系二次創作に戻る トップに戻る