斗うべき時
第４話 挑戦 〜集合〜
「ヒ〜ロっ！」
下校途中の浩之を呼び止めた声は校門の方からする
『ＨＲ後すぐに教室を出て、これから校門を出る』浩之に校門側から声をかける事
の出来る人物は一人しか居ない
「おぅ、綾香」
姿を確認する前に、校門に向かって返事をする
数瞬後、校門から綾香が顔を出す
「姿を見る前に判るなんて…これは愛ね」
「な〜に云ってるんだ、今日のオレより先に校門に付ける奴なんか、そうそう居る
もんか」
瞬時に否定されても綾香の笑顔は崩れない
いや、「その数少ない中でもすぐに気付いてくれた」と云う意味では綾香に取っ
ては充分嬉しかったのかも知れない
「今日はお前と遊んでる暇は無いぞ」
「あら、つれないわねぇ、何処行くのよ？」
「前に話しただろ？同好会だよ」
「あぁ、格闘技同好会？…私も行って良い？」
「まぁ…良いけど、来栖川のお嬢様が見て楽しいモンぢゃ無いかも知れんぞ？」
「あら？そんな事無いかもよ？それに、ヒロにも面白いモノが見れるかも知れない
し…」
何時もの綾香らしくない、一寸人の悪そうな微笑みを浮かべ、綾香は浩之の腕に
抱きつく
「おぃおぃ…」
流石に校門前でこんな状態になるとチト体面を考えるのだが、腕に当たるふくよ
かな感触が浩之に強い言葉を発する事を防いだ
仕方なく、浩之は綾香に腕を抱かれたまま裏の神社に向かった
その頃、校舎の３階の窓から芹香がその光景をじっと見ていた
しかし、何時もの事ながら、その表情からは感情を読み取る事が出来なかった
「良い？葵、貴方のやってる事は空手に…いえ、格闘技に対する冒涜よ！」
「そんな…私は格闘技を冒涜なんかしていません！」
「いいえ、しているわ。空手を使ってエクストリームなんてショーイベントに参加
する事こそ、その証拠よ」
「エクストリームは…確かに賞金が出るイベントなのかも知れませんが、そのレベ
ルは決して低くは在りません！現に綾香さんが…」
「そう、問題は綾香よ！彼女がそんなモノに優勝して、一気にアイドル化してしま
った事が葵、貴方と空手界…いや、格闘技界全体に悪影響を及ぼしてしまったのよ！
私たちも綾香に続けと云わんばかりにエクストリームに参加する連中が増えてしま
ったわ」
浩之達が神社に着くと、葵ともう一人、誰か女性が云い争っている声が聞えた
良く見ると相手は浩之の同学年で空手部のエースと呼ばれている坂下好恵である
事が判った
しかも、その好恵も「綾香」なる人物を知っているらしい
（エクストリームの優勝者の綾香か…葵ちゃんの尊敬する先輩らしいが、どんな奴
なんだろう？…まさか、コイツぢゃ無いだろうしなぁ…）
等と思って隣りを見た浩之だが、綾香の顔が心無し強張っている
…と観察していたのも束の間、綾香が神社の中に躍り出る
「ずいぶんな事云ってくれるわねぇ、好恵」
「え？あ…綾香！どうして此処へ？」
「葵がエクストリームに転向するかも知れないって知って様子を見に来たんだけど、
こんな事になってるなんてねぇ」
「綾香さん？どうしてそれを？」
展開に追い付いていなかった浩之は数秒遅れて神社の中に入っていった
「綾香…葵ちゃんの云ってた『綾香さん』ってのはお前の事だったのか？」
「えぇ、御免ね、ヒロ。葵の云っていたエクストリーム優勝者の『綾香』って、私
なの。ヒロは来栖川の名前とのギャップで違うと思い込んでたらしいけど…今日は
それを話のタネにして少しからかおうかと思ってたんだけど…」
「え？先輩！？先輩も綾香さんを知ってたんですか？」
葵は突然の（少なくとも葵に取っては突然だ）浩之の登場と、綾香と知り合いで
ある旨の会話で混乱している
「兎に角、葵、私は葵がエクストリームに転向する事は賛成よ。葵が出てくるなら
私もウカウカしてられないわね…それに引き換え好恵、貴方もずいぶんエクストリ
ームをなめてるのね」
「なめてなんか居ないわ。正当な評価よ。エクストリームは所詮、賞金目当てのシ
ョービジネスよ。格闘技としてはとても認められるモノでは無いわ」
「何故判らないの？賞金が掛かればそれを目指してより強い選手が集まるわ。そう
すれば良い試合が組める様になるし、それに伴って観客も増える。そしてまたより
高い賞金を設定する事が出来るし、当然それに伴ってより強い選手が参加するわ。
この簡単な構図が理解出来ない？」
「ショービジネスとしてそんなモノが在っても私は問題にしないわ。しかし、所詮
は賞金目当ての腕自慢じゃない。鍛練によって心身を精進する武道の精神とは全く
違うわ。そんなモノに出ている選手だってタカが知れてるわ。昔は綾香、貴方に敵
わなかったけど、今なら私の方が強いと断言できるわね」
「そう…そこまで云うのね。判ったわ」
「一寸待った！話がずれてるぜ！二人とも一旦黙れ！」
既に葵は話しの大きさに口が出せずに居る
この場を収集できるのは浩之以外に居なかったのだ
「綾香も坂下もい〜かげんにしろ！そんなにデカい話をしたけりゃ余所でやれ！そ
れに坂下、お前、葵ちゃんの練習してる姿を見た事在るのかよ。そりゃオレなんか
が葵ちゃんに教わってやってる練習なんかお前に取っちゃ御遊戯に毛の生えた程度
かも知れないけどよ、葵ちゃんの練習は武道をなめてなんか居ない、鍛練も精神も
一人前の格闘家のモノだ。それを見もしないで勝手な事云ってんじゃねぇ！」
浩之は好恵を睨み付けて云い放った
綾香も葵の様子を見て浩之の云う事を正しいと思ったのだろう、何も云えずに居
る
十数秒位だろうか、好恵は浩之と睨み合っていたが、ふと表情を緩めて
「そうね、藤田の云うとおりね。葵の練習も見ずに勝手な事だったかも知れないわ
ね。でも、私は今の状況での練習では葵は強くなったとは思えない。それは証明出
来ると思うわよ」
「？どういう意味だ？」
「強さは定規で測るものじゃ無いわ。そして二人は格闘家…なら、測る方法は一つ
じゃない？」
「つまり…試合をしろ、と？冗談じゃねぇ！貴様らの勝手な云い掛かりで試合なん
ざ出来るか！」
「いいえ！先輩、待って下さい。好恵さ…いえ、坂下先輩。その申し出、お受けし
ます」
「良いのね？」
「はい、結構です。この試合、私が勝てば坂下先輩も私の事、エクストリームの事
を認めて下さいますね？」
「えぇ、万一私が負けるような事でも在れば、認めざるを得ないでしょうね」
「日時は…坂下先輩の方がお忙しいと思いますので、そちらで御決め下さい」
「判った。後で連絡するわ。綾香、葵の次は貴方よ。」
「好恵こそ、強くなった葵に返り討ちに逢わない様にね」
一瞬であったが、一流の格闘家の闘志が火花を散らしたように見える光景であっ
た
「それにしても先輩、何時の間に綾香さんと？」
「いや、コイツとと云うより、オレはコイツの姉さんと知り合ってたんだけどな…」
「綾香さんのお姉さんって、３年の来栖川先輩ですよね？」
「あぁ、この同好会に顔を出す前は少しオカ研の方にも出てたんだ…まぁ、今もオ
カ研を辞めた積もりは無いけどな」
「それよりも葵、好恵の挑戦を敢えて受けるなんて、嬉しい事するわね。サポート
だったら幾らでもするから、遠慮無く云ってね」
「有り難う御座います！でも…」
「でも？」
「はい、今回はこの同好会の話が発端ですので、出来るだけ自分一人で頑張ってみ
たいんです」
「そう…それなら何にも云わないわ。時々見学に来るくらいなら良いでしょ？」
「はい、それはモチロン」
「モチロン良くは無いな…」
頷きかけた葵の台詞を奪って続けたのは浩之だった
「何よ、何でいけないのよ？」
「お前、葵ちゃんが一所懸命に練習してる姿を見て、絶対手を出さないって云い切
れるか？それが自分の練習方法と違ってて効率悪そうに見えたとしてもだ」
「…どういう事よ？」
「お前の知ってる葵ちゃんは空手しかやってない葵ちゃんだろ？葵ちゃんはエクス
トリームに向けて空手以外にも練習している。云わば発展途上なんだ。そんな葵ち
ゃんの練習をお前が見て手伝わない保証は何処にも無い。嬉しい申し出を敢えて断
った葵ちゃんの意志を無駄にする積もりか？」
そこまで云われて綾香は言葉に詰まる
浩之の云ってる事は正しかったからだ
確かに、葵がしている練習を見て手伝いたくない筈はない
その誘惑に負けてしまった時、また葵に手伝いを申し出てしまうだろう
果たして、それを葵はもう一度跳ね返す事が出来るだろうか？
「まぁ、葵ちゃんの事はオレに任せて、試合当日に立ち会って貰う位で我慢してく
れや」
「「え？」」
葵と綾香が声を揃えて聞き返す『葵を任せろ』と聞えたのだが？
「ヒロ、貴方…」
「先輩？」
「おぃおぃ、オレも同好会の一員だって忘れてんぢゃね〜だろ〜な」
「まぁ、オレも大した事は出来ねぇが、練習に参加するし、日程が決まったら綾香
にも教えるよ、それで良いだろ？」
「判ったわ、そうする。試合には絶対呼んでよ？」
綾香は葵と浩之のマンツーマンの練習に対して釈然としなかったが、浩之の云う
事ももっともだし、何より葵が練習中に邪念を挟まない娘である事を知っているの
で、それを了解した
「でも、今日は葵の様子を見に来たんだし、参加させて貰えるわよね？」
「はい、よろしくお願いします！」
本当に嬉しそうに頷く葵を見て、今日の所は良いだろうと浩之も考える
そして、葵・綾香に相手をしてもらったその日の練習は浩之に取って得るものも
大きかったが、疲労も普段の３倍以上感じたのは事実だった
（綾香の強さって…反則だよな）
思わず負け惜しみを考える（情け無くて口には出せない）浩之だった
To be continuede
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